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0種感染症 #07

2010/09/17

 子を残せないNOF感染症を殺処分している2025年の日本。私はNOF感染者、須藤理恵の治療に難航していた。理恵と会って一週間が過ぎた頃、私はかつての同士西畑から呼び出され、NOF感染症で死んだ南田の真実を聞かされた。

「南田は計画が万一失敗に終わった時のために陽性後の自身の記録を残していた。それを託されたのが俺だ」
 西畑はたばこをふかした。
「南田はNOF感染症が病気ではないという結論を出していた。
陽性の判定が出た者に子供を残す計画の裏で、検診に引っかからない方法も模索していた」
 確かにNOF感染症が広まる以前にも同じような症状を持つ人間はいた。そして当時は病気と認定していなかった。
「検診後に精子や卵子を取り出す時間を与えず即殺処分する理由はひとつしかない。NOF患者は子供を残せるということだ」
「何を言っているんだ。そもそもNOF感染症は子供が残せない病気を指している。子を残せるなら病気じゃないだろう」
「だから病気じゃないと言ってる」
「しかし」
「林」
 西畑は私の言葉を遮った。
「人工授精の研究をしている俺に南田から依頼があった。そこで俺は初めて南田から真実を聞かされたんだ。俺は全てを了承し極秘で人工授精を行い、そしてNOF感染症の藤岡杏子から受精卵が生まれた」

 信じられなかった。
 もし西岡の言っていることが本当なら世紀の大ニュースだ。
NOF感染症患者から子供が生まれれば殺処分する意味など全くない。早急に発表する場を設ける方法を考えるべきだ。
「こんな簡単なことがなぜ今まで誰もできなかったのか?できなかったんじゃない、やらせてもらえなかったんだ」
 確かに、3000万人もの命を奪った殺処分が不当なものだったという研究成果はそう簡単に発表できるものじゃない。
 しかし0種感染症に認定する前ならいくらでも方法はあったはずだ。強制措置のない段階ならNOF感染症の患者に人工授精を行うのも難しくなかったに違いない。
「ドイツで世界初の0種感染症が施行される少し前のことを覚えているか?アルマ・ガルの大規模感染事件だ」
「ああ」
 まだNOF感染症に法的な強制措置がない2019年初め、世界的なビッグアーティスト、アルマ・ガルがドイツで20万人コンサートを行った。その際にアルマがNOF感染症をカミングアウトし、当時コンサートにいた観客に大規模集団感染するという事件があった。アルマのNOF感染症は強力な一次感染だったため、ドイツではNOF感染症が爆発的に増えた。その年のドイツの出生率は0.4を下回り、NOF感染症の強制措置が加速していった。
「出生率の低下は自然授精の限界を指していた。そこで人工授精を一般化する方策を出していたら違った未来になっていたのかもしれないな。いや、それでは駄目か」
 西畑は短くなったタバコをポケット灰皿に入れて、もう一本タバコを取り出して火を付けた。
「あと5年、いや3年あれば分化万能細胞の研究も進んでいたはずだった。まるでそれを妨害するかのような出来事が多発していたのは偶然とも思えない」
「まさか政府がグルになっているとでも言うのか?」
「政府は犠牲者だ。前総理も命を落とした」
「じゃあどこが圧力をかけているんだ」
「どこが悪いという話でもない。実際にNOF感染症に強制措置がないままだったら出生率の低下に歯止めが利かなかったのも事実だ」
「NOF感染症は病気じゃないんだろう?」
「少なくとも南田は病気じゃなかったと思っている。俺はな」
 二本目のタバコをポケット灰皿に入れた西畑は、三本目を吸おうとして止めた。
「気をつけろよ林。芳原はお前がNOF患者とコンタクトを取っているかもしれないと勘付いているぞ」
 いきなり自分の悪事を指摘され、私の心臓は高鳴った。
「なに言ってるんだ」
「あんまり芳原をナメるなよ。ダテに心理士の資格は持ってないからな。南田のことにも勘付いていたくらいだ」
「いや、私は別に」
 西畑はタバコを懐にしまい、一枚のカードを私に差し出した。
「持っとけ」
「これは?」
「南田が命に代えて遺したNOF検診のデータだ。もっとも、オリジナルは俺が持ってるがな」
「お前、NOF研究から降りたんじゃなかったのか」
「俺は俺のやり方でやってきた。医者をやめたのもその為だ」
「これからどうするつもりだ」
「これまで通り、俺なりのやり方でやっていく」
「いったいどんなやり方を」
「それはまだ教えられない。まあ機会がきたらお前にも協力してもらうかもしれんが」
「なぜ隠す。今すぐにでも協力したいんだが」
「戦場で二人固まって一緒に死ぬより、バラけてどちらかが生き残ったほうがいいだろう?どのみち今の段階じゃお前に協力してもらうことはない」
「しかし」
「お前にはお前にしかできないことがあるだろう?」
 私のやろうとしていたことを数段先で実行していた人間を前に、私にしかできないことなんて思い付かなかった。
「私は何をすればいい?」
「それはお前が見つけるしかない。俺がそうだったようにな」
「どうしてこれを私にくれたんだ?」
「お前に死んでほしくないからな。また連絡を入れる」
「助かる」

 西畑を見送って時計を見ると夜の10時を過ぎていた。診察所に手荷物を取りに帰ると、扉の前に須藤理恵が立っていた。

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