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0種感染症 #01

2010/09/05

(※この物語はフィクションです)
 感染症は多くの人命を奪う。
 そのため日本政府は感染症を危険性の高い順に一類から五類に分類し、それぞれに法律を定めている。新種の感染症の感染速度が法の制定に間に合わない場合は「新感染症」
として分類し即時対応してきた。
 エボラ出血熱、ペスト、結核、コレラ、狂犬病など多くの感染症は日本政府によって厳重に管理され拡散を防いでいる。
そのお陰で日本国民は安全な生活を送ることができるのだ。

 もう7年くらい前だろうか。
 今、世界中で猛威を振るっているあの感染症が日本で発見されたのは。
 いや、発見されたという表現は正しくない。なぜなら過去にあの病気に感染していた人間は存在していたのだから。
正確には無害と思われていたものが感染症として認定されたのだ。
 2018年、少子化が世界中で問題視されるようになり原因と対策が練られた。その中で、ある学者がこの感染症を発見したのが始まりだった。
 NOF感染症と名づけられたこの新種の感染症は当初学会でも受け入れられていなかった。何より感染した患者の生命には何ら危険性はなく、害となる症状もいっさいない。
 しかしこの感染症に疾患すると「子供を残せない」のだ。
 この部分が着目されはじめるとNOF感染症は世界中に危険な病気として広まり、対策が練られるようになった。

 日本政府も早急に法の制定を行った。
 当初は3種感染症としていたが、学会の研究が進んでいくにつれてその危険度が判明すると3種から2種へ、そして1種へと強制措置の段階が上がっていった。
 NOF感染症は子供を残せないだけではなく、他者に感染する力が非常に高かったのである。一人が感染するとほぼ100%もう一人の感染者がいるという研究成果が残っている。
ただし二次感染力はあまり強くなく、一人に感染しきったらその感染力は大きく弱まる。
 NOF感染症に対する有効な治療法はなかった。
 研究者の多くがNOF感染症に感染していった。爆発的な感染力の前に現代の医学はあまりに無力だった。いまだに世界中で治療に成功した報告が一件もない。

 害となる症状がなく、健康体の人間と何ら変わりない生活ができる。違うのは子供を残せないという一点のみ。
 命は奪わず種の未来だけを奪う病気。NOF感染症はこれまでのどんな病気にもない、優しさと残酷さを持っていた。
 強力な伝染力があるため隔離が必須となるが、患者数が100万人を突破した段階で1種感染症のレベルを超えていた。
 各国の間でNOF感染症に関する様々な協議が行われた。
 最も深刻だったのは北米で、NOF感染症の数は800万人を超えていた。最小被害国はドイツの僅か280人だった。
 ドイツはある対策を行いNOF感染症の被害を最小限に抑えていたのだが、それは施行時に世界中から批判を受けていたものだった。
 年に1回行われる先進12カ国NOF感染症対策協議会でドイツの出生率の大幅な回復を見たイタリアはドイツに続き例の施策を行う旨を表明した。懸念を示す国は全くなかった。

 日本政府はついにNOF感染症を0種感染症とした。
 0種感染症の例はない。1種感染症よりも高い強制措置で隔離も困難な感染症に適用される特別な法的措置となっているが、人道に大きく反するという理由で適用された感染症はこれまでひとつもなかった。
 殺処分。
 ドイツの行った施策とは感染者を即刻殺すことだった。NOF感染症はヒトの殺処分を法的に行う最初のケースとなり、0種感染症の施行時に100万人の命が日本から消えた。
 この年、NOF感染症の患者数は100万人から0人に減った。
0種感染症の発表と日本総理の辞表が出されるのは同時だった。その2週間後、重責に耐えかねた元総理は自害した。

 しかしこれで全てが終わったわけではなかった。
 NOF感染症に発病していないが感染力を持つ保因者、キャリアの存在である。実際に早期から殺処分に踏み切ったドイツですら完全に0人にできていないのは、このキャリアが毎年発生しているからだ。
 NOF感染症を完全に消すには全ての国民を検査し陽性を示す人間を殺処分するしかない。
 日本は年二回の精密検査が義務付けられるようになった。
 それはまるでロシアンルーレットの日だった。
 知らないうちに感染しているかもしれない伝染病。万が一、検査で陽性の結果が出れば死ぬしかないのだ。検査の内容は極秘とされていた。ネットの噂では陽性を示した場合、赤い紙が送られてくるとも黒い救急車で迎えにくるとも言われているが定かではない。
 2025年現在、一回の精密検査で陽性を示す人間は国内で500人ほどだが、0人になることはなかった。人々はいつ終わるとも知らない0種感染症のロシアンルーレットに恐怖していた。

 私はこのNOF感染症を研究している医者の一人だ。
 昔は治療法を発見する希望を持っていたものだが、博士号をいくつも持っている人間ですら不可能な答えを凡人の私が見つけることなどできるはずもなく、治療研究は頓挫している。
 治療が無理ならせめて感染しない方法でもいい、とにかくNOF感染症と戦う方法を模索していた。

 ある日、私の元に一人の女性が尋ねてきた。
 既に日は暮れており、予定していた患者との面会も全て終わっている。時間外の問診をする気力もないほど疲れていた私は、どうやってこの突然の患者をあしらおうか考えた。
 しかしその女性は開口一番、信じられないことを言った。
「私、NOF感染症なんです」

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