「魔術師!?おいしっかりしろ!」
戦士が魔術師の元に駆け寄る。ゆっくりと肩を持ち上げ仰向けにすると、ローブから大量の血が滴り落ちた。凶器は見当たらない。
「なんて…こった…クソ、いったいどうしてこんな…」
戦士が廊下を見ると、僧侶が後ずさりしている姿が見えた。
「僧侶、お前は大丈夫なのか?いったい何が起こったんだ?」
「イ…イヤ…」
「僧侶?」
「イヤーッ!!!!」
僧侶は全速力で走り出した。
階段を駆け下りる大きな音が家中に響く。
この状況。
無実の者は嫌がおうにも片方が犯人であると思わざるをえない。
もちろん仲間の中に犯人はいないと信じていれば話は別だが。
犯人は殺す側なので、この状況で仲間を信じると芝居を打つことは容易である。
一階で僧侶は大泣きしていた。
戦士が階段を降りようとした時、僧侶はビクッと震えた。
「僧侶…?」
「イ…イヤ…」
震える手でメイスを持って身構える僧侶。
「何だよそれ、ちょっと待て落ち着けッ」
「落ち着けるわけないじゃない!仲間が二人も死んでるのよッ!」
階段を挟んで一階に僧侶、二階に戦士。
「お前まさか、俺のこと疑ってるのか?」
「イヤッ…イヤ…イヤ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」
この硬直状態はしばらく続いた。
「…わかったよ。俺は2階にいるから。何かあったら大声で呼んでくれ」
諦めた戦士は自分の部屋へと戻った。ドアは開けたままにした。
時間だけが流れていく。時刻は11時30分。
戦士は自分の部屋、僧侶は応接間からピクリとも動かなかった。
魔術師が血に染まってから2時間半が経過していた。
魔術師の身に何が起こったのか。
窓ガラスが割れて僧侶が叫ぶまで10秒、直後に戦士が階段を駆け上がっているため、時間的に戦士は2階に行けない。
窓ガラスを割ったのが犯人以外なら可能だが、状況を考えて誰が割るのか謎になる。
何よりもあの警戒心の強い魔術師を殺せるのか。
魔術師と正面から対峙したなら、彼は大声を上げて犯人の名を叫ぶこともできるだろう。それがないのも謎である。
静寂の中、戦士はかすかな音を聞いた。
ゆっくりと階段を上る音。
床に置いていた槍を持ち、開けたままのドアに向かって戦士は身構えた。
しばらくして。
「戦士くん…」
廊下から僧侶の弱弱しい声が聞こえてきた。ドアから姿は見えない。
「お話聞いてくれる…?そこにいたままでいいから」
戦士は何も言わなかった。
「さっきはひどい態度取ってごめんね。突然のことで私パニックになっちゃって…もう落ち着いたから、話を聞いてほしいの」
戦士は黙っていた。
「あのね…私、考えたんだけど、これはきっと魔王の呪いなんじゃないかしら…」
「呪い…か」
「みんな命をかけて戦ってきた仲間よ、殺しあうなんて考えられないわ」
「俺は初めからみんなのこと信じてたよ」
「じゃあ、そっちに行っていい…?」
戦士は少し考えた。2階は血の臭いが充満している。
「下に行こう。ここにいるとお前またパニックになりそうだしな」
時刻は0時を回っていた。
二人は応接間に隣同士並んで座っていた。
「魔王は…」
僧侶が話し始める。
「やっぱり私たちみたいな人間には勝ちすぎる存在だったのね」
「だから呪いなのか…」
「死ぬ覚悟はできていたわ。だからここで死んでも後悔しない」
「俺たち死ぬのかな…?」
「魔王に殺されるくらいなら、いっそあなたに殺されたほうがいい」
そういって僧侶は床に置いてある槍を持った。刃の部分を自分に向け、柄を戦士に向けた。
「気をしっかり持て、最後まであきらめるな!」
戦士は槍を強引に取り上げた。少し強引すぎたのか、僧侶は「きゃ!」と小さい悲鳴を上げて床に転がった。
「す、すまん。大丈夫か?」
戦士があわてて僧侶に近づいた。
近づこうとした。
でもなぜか近づけない。
いや、何か体がおかしい。
体?力が抜けていくような。
抜ける?自分の体が自分のものでなくなっていくような。
俺地面に倒れた?俺何してる?俺立ってるの?倒れてるの?体どこ?俺どこにいる?なんか小さくなっていく、俺小さくなっていく。
俺いる?何も感じない。
気持ち悪い。
俺まだ俺?
「この…人殺しッ…!」
僧侶の手にあるナイフが戦士の喉を刺し抜いていた。
ひと月後、いつまでも帰らない勇者一向を捜索する一団が結成された。
捜索団は焼け落ちた一軒家から三体の白骨死体を発見した。
遺留品や特徴等から、その白骨は勇者、戦士、僧侶であることが確認された。
魔術師の白骨だけはどこを探しても見付からなかった。
魔術師の消息は現在も不明である。