「もうやめて。みんな仲間じゃない。私はみんなを信じてるから。
きっと勇者は私たちの誰かに化けた魔王の手下にやられたのよ!
前に色っぽい女に化けた魔物に勇者がダマされてやられそうになったイベントあったでしょ!きっと、今回も…」
僧侶の言葉に魔術師はうなづく。
「もちろん…いや、それはあまり問題ではない。魔物が人間に化けることは今までのイベントでもあった。しかし戦闘能力まではコピー
しきれない。仮にこの3人の中に魔物がいたとして、それを確認することは簡単だ」
このRPGにおけるパーティのスキル、ステータス確認は自己申告制となっている。だから能力を隠すことも可能だ。魔術師がそれでも「確認することは簡単だ」といったのはパーティアタックが可能であるからに他ならない。
「それは魔物側も十分理解していることだろう。つまり魔物が仲間に化けてパーティを壊滅させることはしない…というよりできない」
「でも、また前みたいに色仕掛けでやられたってことはないか?」
「色仕掛けイベントは深夜がセオリーだ。こんな時間に発生させて魔物側に何のメリットがある?我々を警戒させるだけで得になることはひとつもない。それに我々は仲間だが…」
「お互いの過去を詳しく知っているわけではない」
殺しの動機。
タイミング的に魔王が消えた直後の勇者殺害。
それまで勇者を殺さなかったのは魔王討伐という難題があったからであり、勇者がその目的を果たしたため殺害したという線もある。
「もうやめて!どうして私たちが疑い合わないといけないの!」
僧侶は再び泣き出した。
魔術師はあえて説明を省いているが、魔物の犯行を否定しているのはもうひとつ理由がある。
この勇者殺害は、簡単な密室状態だったからだ。
部屋の扉、および窓はかなりガタがきており、開閉しようとすると大きな音が出る。開閉音を確認できたのは、僧侶が勇者の死体を発見した際の2回のみ。
単純に勇者を殺害し大声を上げれば僧侶を犯人とすることもできそうだが、ドアの開閉音が聞こえてから僧侶が大声を上げるまでの時間がほぼ同時であり、また大声を聞いてから皆が駆けつける時間も5秒とかかっていないため、この根拠で僧侶を犯人とすることはできない。
テレポート魔法について、パーティでは魔術師が使用できるのだが、実行すると大きな音が出る。それが聞こえてないということは魔法も利用されていない。テレポート以外の魔法も同じである。
密室、これが魔物の犯行ではないというもうひとつの理由。
こうなると、魔物どころか誰も勇者を殺せないことになる。
しかしこの密室にはたったひとつだけ抜け道があった。それを魔術師は知っていたためあえて「密室」の話はしなかったのだ。
ドアや窓は確かにガタがきていたが、ゆっくり慎重に開閉すると音が出ない。音の出ない開閉をするのに要する時間は約20秒。
それでも問題はある。
自分の部屋を出る分にはいいが、勇者の部屋に入るのにこの開閉方法を使うとなると怪しすぎる。窓から入るなどもっての他だろう。
勇者が眠っていれば可能かもしれないが、勇者は眠気よりも空腹のほうを愚痴っており、夕飯前に眠る可能性は限りなく低い。
最短でも40秒はかかるこの動作中に誰かが来る危険性も高く、この方法で密室を作ろうと考える者がいるのだろうか。
いったい勇者はどのようにして殺されたのか。
時刻は8時30分を回ろうとしていた。
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