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人間ラボ #8

2011/03/30

 癌治療を目的に研究が進められた放射性タンパク質、二重特異性抗体に新種が発見された。このtb201は脳腫瘍に対する効果が期待されていたが、繰り返されるマウス実験で別の効果が注目されるようになる。
 tb201を摂取したマウスを調べると、ごく稀に睡眠中でも起床時と変わらない脳波が示されることがあった。tb201の摂取量を増やすと睡眠時間がどんどん増え、最終的に起床しなくなるのだが、脳波だけは起床時と変わらない数値を示していた。
このことからtb201は脳と身体の伝達神経の一部を破壊する効果があるとして危険性が示され研究は終了した。
 しかし投薬されたマウスの脳波は最後まで正常値を示していたことから、実験中のマウスは自身が眠っていることに気付いていなかったのではないかと言われている。

「このプロジェクトはヒトの仕組みを解明する研究とは別に身体ネットワークを遮断された人間がどういう体感経緯を辿るか、つまり強制離脱の臨床試験を行っていたんだ」
「私たち研究員に対して治験が行われたというのか?意味が分からない。そもそも強制離脱の研究が何の役に立つのか意味不明だし、目的とリスクが全く吊り合っていない」

「ヒトの研究とtb201治験は行っている組織が違う。このような人道に反する人体実験を州が行うとは思えない。治験の目的はおそらく安楽生命維持が目的だろうが」
「安楽生命維持?」

「安楽死と生命維持、本来なら全く正反対の事だが薬の力で強制的に永久離脱を誘発させれば重篤患者は苦痛から開放された状態で延命措置が受けられるだろう」
「理論が破綻している。身体をつなぐネットワークを失い続けていれば自我は消失するぞ」

「自我が消えてしまうというのはその通りだろうな。それも含めた臨床試験ということだろう」
「どこの組織がこんな治験を計画してたんだ」

「分からない。そもそも強制離脱に気付けたのは、元々離脱を趣味にしていたフィジク室の連中のお陰だ。tb201かどうかも確定ではない。それらしき資料がtb201だっただけだ」
「その薬はラボの研究員全員に投与されているのか?」

「投与されていない人間がいるとは思えない」
「ラボを去った人間はこのことを知っているのか?」

「知っているのは死んだ人間だけだよ」
「私たちはもう手遅れなのか?」

「それも分からない」
「なぜだ」

「投薬を中止すれば助かるかもしれないが、今この世界が現実なのか頭の中だけの世界か分からないからだ。確認する方法は死んでみるしかない」
「まさか、それで皆は」

「ヘルメス、キミは俺と約束したはずだ。絶対に死なないと」
「もちろんだ。離脱中かどうか確認する方法はいくらでもある。
そもそも離脱は睡眠時の覚醒状態というだけで、体感する世界は理不尽や不自然の宝庫だ。死んでみなくても分かる」

「だがキミは今まで気付けなかった。離脱を趣味にしていた連中でさえ、薬による強制離脱からは目覚められなかった。
一回の投与では命に別状はないかもしれないが、繰り返し投与が続くと睡眠時の離脱時間が長くなる。もしかしたら今は離脱中で、この離脱が最後、現実世界の体はもう二度と目覚めることがないかもしれない」
「しかし……!これほど完全な世界が脳内で作れるわけがない!これを見ろ、ケミク室で私が見たこともない資料だ。
ここに私の知識を超えるものが存在している。これは私の脳内世界ではないという証拠だ」

「それが外部から与えられた刺激によるものかどうか、確認のしようがない」
「なぜお前はそんなにも悲観的なんだ。なぜ逃げない」

「7人も死んだことで結果的に皆を逃がすことができたが、次に来る人間は俺が残っていないと逃がしようがない。まあ、信じた人間は死んでしまうから助けようがないし、犠牲者がいなかったらキミも俺の話を信じていなかっただろうが、助かる人間が一人でもいるなら俺はラボに残る」
「このラボは私が潰す。トリトンも早く逃げろ」

「キミに話してよかったよ。だが、今この世界が現実か脳内かそれが分からないと何をやっても無駄に終わる。逃げるのもラボを潰すのも現実世界でやらないと意味がない」
「もしここが離脱世界だとすると、いま私が死んだらどうなる?」

「現実世界に目覚めることができるかもしれないな。俺はキミが生み出した、ただのオブジェクトということになる。もちろん俺はオブジェクトではないし、キミをオブジェクトとも思ってない。
だから死ぬなと言っている」
「じゃあ、ここは現実世界なのか」

「俺を信じれば現実世界、疑えば離脱世界だ。もし離脱世界だったら目覚めればラボから逃げることができるかもしれない。
投薬も回避できて助かるだろう。しかし現実世界だったら本当に死んでアウトだ」
「今ここはどっちなんだ、教えてくれ!」

「ここは現実世界だ。俺を信じろヘルメス、絶対に死ぬな」
トリトンを信じるトリトンを信じない

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