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人間ラボ #5

2011/03/27

 私はコーヒーカップをトリトンの前に置いた。トリトンは怪訝な表情をしていた。
「カフェインは苦手か?」
「キミはおかしな人間だな、ヘルメス」
 私は自分で入れたコーヒーに口をつけた。
「それはお互い様だろう」
「どうやって皆を殺したか、聞かないのかい?」
「聞く必要はない。なぜならキミは嘘をついているからだ」
「嘘?なぜそう言い切れる?」
「ひとつ、もし本当に殺しているのなら、それを私に告げるメリットがない。ふたつ、ラボの人間全員を殺す動機があるならば私は今ここに生きてはいない。みっつ、警察は自殺だと断定している」
「冷静だな。しかし俺は嘘など言っていない」
「殺したのではなく死ぬ原因を作ってしまった、とか?」

 トリトンの目つきが変わった。
「イオ室長と同じことを言うんだな」
「あれから会ったのか」
「向こうから訪ねてきたよ」
「何を話した?」
「それを言うとキミがどういう行動を取るか分からないから言えない」
「死にたくなる内容なのか?」
 トリトンはしばらく黙っていたが、ゆっくりと首を縦に振った。
 私は、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。開けてはいけないパンドラの箱を相手に話をしているような感覚だった。
「しかし、内容を知っているキミは今も生きている」
「その疑問に答えたら、事実を言ったも同然になるからやはり答えられない」
「そこまで言われて私が引き下がるとでも?」
「何を言われようと俺が答えられるのはここまでだ」
「なぜイオ室長に話せて私に話せないんだ?」
 トリトンは深呼吸して、私の入れたコーヒーを飲んだ。
「話すつもりだったが、キミに死んでほしくないという気持ちが強くなってしまったんだ。だから言えない」
「トリトン」
「キミはいいヤツだよ。早くラボを出るといい。ここでの話は忘れてくれ」
 そう言うとトリトンはタンパク質解析のモニタに向かった。

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