人間ラボ #4
2011/03/26
[2023 May.22] イオ室長が死んでも研究は継続された。
私はフィジク室とサイコ室の室長を兼任するよう通達された。
この状態で研究など、できるはずがない。なぜ中止にしない。
世論はどうなっている。
「ヘルメス、俺は降りるわ」
ガニメデは荷物をまとめていた。
「もっと早く決断しとくべきだったよ。お前はどうする?」
「どうするも何も」
「まだ気が付かないのかよ。俺たちゃ初めから何も研究しちゃいなかったんだよ」
「どういう意味だ」
「実験台にされてたんだよ。俺たちの方がな」
まさか。
確かに今の状況はおかしいが、私たちで何の実験になるというのか。7人もの命を犠牲にするほどのデータが得られているとは思えない。
「ヘルメスも逃げましょう?」
アルテミスが不安そうに私を見た。
「この人数じゃ研究なんてできないし、みんなで辞めればプロジェクトも中止になるはずよ」
トリトンは、どうするんだろうか。
さすがにこんな状況になったら彼も残らないか。
「分かった。辞める方向で話を進めてみる」
「今すぐ逃げるのよ!フィジク室に行ったら、あなた殺されるに決まっているわ!」
「いや、イオ室長は自殺だと……」
「そんな情報、信じられるわけないじゃない!」
アルテミスは今にも泣き出しそうだった。
「分かった、今日中に施設を出る。アルテミスとガニメデは先に行っててくれないか」
「嫌よ、みんなで固まって行動しないと殺されるわ!」
「分かった、分かったから、少し待っててくれ。トリトンと話をしてくる」
「フィジク室に行っては駄目よ」
「ああ」
ケミク室に行くと、トリトンはモニタに映っているタンパク質の解析データを眺めていた。
私は言葉を失った。
こんな状況で彼は、いつも通り研究を続けていた。
「ヘルメスか」
トリトンは私を見ずにモニタの方だけを見ていた。
「前に話したと思うが、俺にはここを去る理由がないからな」
この男はいったい何なんだ。
「キミ以外は全員、施設を去る予定だ」
「ヘルメスもか」
「ああ」
「分かった。上にはそう伝えておくよ」
トリトンは何事も無かったかのようにモニタを見ていた。
私は彼の腕を強引に引いた。
「キミも逃げるんだ。もう研究を続ける意味がない」
「研究を続けるのに意味が必要なのか?」
「何を言っている」
「ヘルメス、キミはなぜラボに来たんだ?」
「人類にとって有益な研究をするためだ」
「名声か?好奇心か?」
「どっちもだ」
トリトンはようやくモニタから目を離して私を見た。
「キミは甘いな」
私は思わずトリトンの腕を放した。
一瞬、トリトンに殺されるかと思った。
「俺のことは放っておけばいいだろう」
「ここは危険だ。放っておけない」
「なぜキミは俺に構うんだ?」
「理由も何もない。逃げよう」
「キミは俺が怪しいと思わないのか?イオ室長のように」
トリトンの言葉の意味が、しばらく分からなかった。
「何を言ってる」
「今回の事件は俺が引き起こしたと思わないのか?」
「馬鹿なことを言うのはよせ。私を怒らせたいのか」
「やはりキミは甘いな」
トリトンは椅子から立ち上がり、私の前に立った。息がかかるほど顔を近づけて、言った。
「俺が殺したんだよ。全員な」
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