RPG連続殺人事件
魔王を倒し、凱旋の途中に立ち寄った無人の宿で事件は起こった。
「勇者が死んでいる…!」
4人パーティの他、人の気配はない。
魔王の手下の犯行ではないかという仲間の意見に対し、絶望的な事実を告げる者がいた。
「戦闘で勇者を倒せるほどの者は誰もいない。これは強制イベントによるもの。つまり犯人はこの中にいる」
これがパーティ以外の人間の言葉なら誰も信じなかっただろう。
しかし仲間の中で、かつ最も頭の切れる魔術師の言葉であるのなら話は別と言わざるを得ない。
残りメンバーは三人。
気は優しくて力持ちの戦士。
パーティの生命線、僧侶(女)。
そして魔術師。
バッドエンディングなイベント展開にただ唖然とするしかない状況。
それでも魔術師は勇者の死体を詳細に調査する。
「こんな状況で、なんでお前はそんなに冷静なんだよ」
決して仲間に暴言を吐くことのない戦士が、この時初めて吐いた暴言。
おそらく当人は意識せずに発したであろうその言葉に場は凍りついた。
遅れて戦士がハッと気付いた。
「疑われようと俺は真実を見極めるのみ。まだエンディングは始まってない」
勇者の死因は失血死だった。
心臓付近に損傷があり、死亡までそれほど時間を要さなかっただろう。
体内に凶器が残っていることもなかった。傷は背中まで達していた。
僧侶の回復魔法など何の効果もない。これは戦闘不能ではなく死。
遺体をベッドに運ぼうと提案する戦士に魔術師は言った。
「犯行現場を崩すような真似はよせ」
この言葉に戦士はキレた。
「いいかげんにしろ!お前はそんなに薄情な奴だったのか!?」
魔術師は震える手を戦士に見せて言った。
「俺も動揺を抑えるのがやっとなんだ。たとえスタッフロールが
始まろうとTHE ENDの文字が出るまで俺は油断しない」
勇者の遺体にシーツを被せ、3人は部屋を出た。
応接間では僧侶の泣き声だけが響いていた。
本当にこの中に犯人がいるのか、まだ手がかりはない。
RPG連続殺人事件 #02
2007/11/19
事件の概要をまとめるとこうなる。
日が暮れ、町まで遠いと判断して野宿をしようとしていたところ、偶然にも無人の一軒家を発見したのが午後6時。
無断借用になるのでは、という仲間の意見に「魔王倒したんだからいいじゃん」という勇者の軽いノリで宿泊することに。
一軒家は2階建てで汚れもほとんどなく、2階は幸いにも4人部屋になっていた。旅の宿屋が放置されていたようだ。
4人がそれぞれ自分の部屋を決め、そこで別れたのが6時10分。
部屋はまず戦士が東端を選び、次に勇者が西端、僧侶がその隣、最後に余った部屋に魔術師という順番で決まった。
それから各々が自分の部屋の整理等をし、午後6時30分、僧侶の悲鳴が勇者の部屋から聞こえてきた。
これが勇者殺害事件のあらましである。
この約20分の間、ドアの開閉の音が聞こえたのは2回だけ。
6時30分に僧侶の部屋から、次いで勇者の部屋。単純に僧侶が勇者に会いに行ったということ。
戦士はキレイ好きなため念入りに掃除していたようで、部屋から頻繁にゴソゴソと音が聞こえていた。
この音は20分止むことはなかった。
つまり、戦士以外は自分のアリバイを証明することができない
状況である。戦士も完璧なアリバイというわけではない。
魔術師が「犯人はこの中にいる」と断定した根拠について。
このRPGにおいてHPという概念は傷の度合いを示したものではない。
敵から致命傷を回避する力を示している。剣道で面を竹刀で受ける力と言い換えてもいい。HP0とはすなわち致命傷を回避できない状態を指す。
イベントでHP9999のキャラが突然殺されたりするのは、この致命傷を回避する力を通り越して肉体に損傷を与えるためである。
戦闘中HP0の仲間が敵のターゲットにならないのは、もちろん仲間がしっかりガードしているためだ。
勇者のHPは限界まで成長しており、短時間で戦闘に敗北することは極めて考えにくい。これにより勇者は強制イベントによって殺されたと断定したわけだ。
そして犯人が仲間の中にいるという推理について。
勇者が戦闘に突入することなく殺害されたということは、勇者がその対象を敵と認識していないからである。
無人と思っていた自分の部屋に誰かがいた場合、まず誰であろうと警戒するはずだ。その警戒すらないということはイコール仲間であったと推測される。
一階の応接間で3人が沈黙してから1時間が過ぎようとしていた。
現在時刻は7時50分。
そして魔術師は突然口を開いた。
「単独犯だ」
RPG連続殺人事件 #03
2007/11/20
「もうやめて。みんな仲間じゃない。私はみんなを信じてるから。きっと勇者は私たちの誰かに化けた魔王の手下にやられたのよ!前に色っぽい女に化けた魔物に勇者がダマされてやられそうになったイベントあったでしょ!きっと今回も…」
僧侶の言葉に魔術師はうなづく。
「もちろん…いや、それはあまり問題ではない。魔物が人間に化けることは今までのイベントでもあった。しかし戦闘能力まではコピーしきれない。仮にこの3人の中に魔物がいたとして、それを確認することは簡単だ」
このRPGにおけるパーティのスキル、ステータス確認は自己申告制となっている。だから能力を隠すことも可能だ。魔術師がそれでも「確認することは簡単だ」といったのはパーティアタックが可能であるからに他ならない。
「それは魔物側も十分理解していることだろう。つまり魔物が仲間に化けてパーティを壊滅させることはしない…というよりできない」
「でも、また前みたいに色仕掛けでやられたってことはないか?」
「色仕掛けイベントは深夜がセオリーだ。こんな時間に発生させて魔物側に何のメリットがある?我々を警戒させるだけで得になることはひとつもない。それに我々は仲間だが…」
「お互いの過去を詳しく知っているわけではない」
殺しの動機。
タイミング的に魔王が消えた直後の勇者殺害。
それまで勇者を殺さなかったのは魔王討伐という難題があったからであり、勇者がその目的を果たしたため殺害したという線もある。
「もうやめて!どうして私たちが疑い合わないといけないの!」
僧侶は再び泣き出した。
魔術師はあえて説明を省いているが、魔物の犯行を否定しているのはもうひとつ理由がある。
この勇者殺害は、簡単な密室状態だったからだ。
部屋の扉、および窓はかなりガタがきており、開閉しようとすると大きな音が出る。開閉音を確認できたのは、僧侶が勇者の死体を発見した際の2回のみ。
単純に勇者を殺害し大声を上げれば僧侶を犯人とすることもできそうだが、ドアの開閉音が聞こえてから僧侶が大声を上げるまでの時間がほぼ同時であり、また大声を聞いてから皆が駆けつける時間も5秒とかかっていないため、この根拠で僧侶を犯人とすることはできない。
テレポート魔法について、パーティでは魔術師が使用できるのだが、実行すると大きな音が出る。それが聞こえてないということは魔法も利用されていない。テレポート以外の魔法も同じである。
密室、これが魔物の犯行ではないというもうひとつの理由。
こうなると、魔物どころか誰も勇者を殺せないことになる。
しかしこの密室にはたったひとつだけ抜け道があった。それを魔術師は知っていたためあえて「密室」の話はしなかったのだ。
ドアや窓は確かにガタがきていたが、ゆっくり慎重に開閉すると音が出ない。音の出ない開閉をするのに要する時間は約20秒。
それでも問題はある。
自分の部屋を出る分にはいいが、勇者の部屋に入るのにこの開閉方法を使うとなると怪しすぎる。窓から入るなどもっての他だろう。
勇者が眠っていれば可能かもしれないが、勇者は眠気よりも空腹のほうを愚痴っており、夕飯前に眠る可能性は限りなく低い。
最短でも40秒はかかるこの動作中に誰かが来る危険性も高く、この方法で密室を作ろうと考える者がいるのだろうか。
いったい勇者はどのようにして殺されたのか。
時刻は8時30分を回ろうとしていた。
RPG連続殺人事件 #04
2007/11/21
「これからは全員で行動したほうがいいな」
魔術師の提案に皆が賛同した。
「では今から全員の部屋を確認しに行く」
「オイちょっと待てよ」
戦士がその意見に反発。
「お前まだ仲間を疑っているのか。いい加減怒るぜ」
計画的な犯行ではない。
パーティの行き先を決めたのは勇者、この家を宿にすると提案したのも勇者である。犯行は突発的なものだ。30分という限られた時間に犯行の跡を消すのは難しいだろう。手がかりはないかもしれないが、それでもわずかな可能性に賭ける価値はある。
「勝手に部屋でも何でも調べろよ。俺はついていかないからな」
「戦士」
「俺はみんなを信じてる。だがお前には失望したよ」
「戦士くん、ちょっと!」
「僧侶も好きにするといい。俺はここで待ってる」
「魔物の仕業かもしれないわ!ひとりになるのは危険よ!」
戦士は床に置いてあった槍を持って見せる。
「魔物なんか俺の槍で一突きさ。心配すんなよ」
そして笑顔で言った。
「なんかあったらすぐ大声で呼んでくれ。俺が助けてやるぜ」
パーティは二手に分かれた。
一階の応接間に戦士、二階に僧侶と魔術師。
全員装備をしっかりと整えている。
「東から調べる」
魔術師は戦士の部屋のドアを開けた。「戦士から調べる」ではなく「東から調べる」と言ったのは彼なりの気遣いか。
殺人に使った凶器。
これが犯行の決め手になる。
身に着けている武器は戦士が槍、僧侶がメイス、魔術師が杖。
この中で刃が付いているのは戦士だが、槍では逆に勇者の傷口が小さすぎる。勇者自身の武器、剣も同様である。
犯行に使われた凶器は別にある。
そして現場に凶器がないということは、自殺ではない。
凶器を隠すのは簡単だ。窓を静かに開けて外に投げれば闇が隠す。
それでも密室状態の勇者を殺害した方法が分からない以上、この手がかりを追う他ない。もし仲間全員を殺害しようと企んでいるならば、捨てずに隠している可能性もある。
魔術師が念入りに戦士の部屋をチェックしていると、どこからか
泣き声が聞こえてきた。
「もう…やめて…」
僧侶が部屋の入り口で泣いていた。
「どうしてこんなことに…私たち…仲間じゃないの…」
「俺もそう思いたい。だが、犯行が完璧すぎるんだよ。我々以外の
仕業だったら密室にする必要などない。密室になったのは
犯行を隠そうとした証拠でも…ある」
魔術師は密室の抜け道まで言わなかった。
戦士の部屋から手がかりは見付からなかった。
「次は俺の部屋だ。僧侶、行こう。お前が調べるんだ」
僧侶は顔を手で覆ったまま首を横に振った。
「僧侶、お前が調べないと意味がないんだ」
「私あなたを信じてるもの…!調べる必要なんてないわ…!」
僧侶はまったく動こうとしない。
魔術師はため息をついた。
「…わかった、それじゃお前の部屋を調べさせてもらう」
僧侶は顔を隠したまま、首を縦に振った。
廊下に出る魔術師。戦士の部屋のドアは開けたままだ。
閉めないのは僧侶の動向を音で確認しやすくするためか。
魔術師は僧侶の部屋に入った。ドアは閉めない。
お互いの行動を瞬時に確認できるこの状況では、戦士以外ヘタな行動ができないだろう。
二人が2階に行ってから15分後、窓ガラスの割れる音がした。
それから10秒ほど経って、僧侶の甲高い声が家中に響く。
戦士が荒々しく階段を駆け上がると、僧侶が尻餅をついて
口を押さえている姿が見えた。場所は僧侶の部屋の前。
「だいじょうぶか!」
開いたままのドアを見て絶句している僧侶。
戦士が駆けつけ、そのドアの向こうを見ると。
「ど… どういう… ことだ…?」
そこには床に血を広げた魔術師がうつ伏せに倒れていた。
RPG連続殺人事件 #05
2007/11/22
「魔術師!?おいしっかりしろ!」
戦士が魔術師の元に駆け寄る。ゆっくりと肩を持ち上げ仰向けにすると、ローブから大量の血が滴り落ちた。凶器は見当たらない。
「なんて…こった…クソ、いったいどうしてこんな…」
戦士が廊下を見ると、僧侶が後ずさりしている姿が見えた。
「僧侶、お前は大丈夫なのか?いったい何が起こったんだ?」
「イ…イヤ…」
「僧侶?」
「イヤーッ!!!!」
僧侶は全速力で走り出した。
階段を駆け下りる大きな音が家中に響く。
この状況。
無実の者は嫌がおうにも片方が犯人であると思わざるをえない。
もちろん仲間の中に犯人はいないと信じていれば話は別だが。
犯人は殺す側なので、この状況で仲間を信じると芝居を打つことは容易である。
一階で僧侶は大泣きしていた。
戦士が階段を降りようとした時、僧侶はビクッと震えた。
「僧侶…?」
「イ…イヤ…」
震える手でメイスを持って身構える僧侶。
「何だよそれ、ちょっと待て落ち着けッ」
「落ち着けるわけないじゃない!仲間が二人も死んでるのよッ!」
階段を挟んで一階に僧侶、二階に戦士。
「お前まさか、俺のこと疑ってるのか?」
「イヤッ…イヤ…イヤ~~~~~~~ッ!!!!!」
この硬直状態はしばらく続いた。
「…わかったよ。俺は2階にいるから。何かあったら大声で呼んでくれ」
諦めた戦士は自分の部屋へと戻った。ドアは開けたままにした。
時間だけが流れていく。時刻は11時30分。
戦士は自分の部屋、僧侶は応接間からピクリとも動かなかった。
魔術師が血に染まってから2時間半が経過していた。
魔術師の身に何が起こったのか。
窓ガラスが割れて僧侶が叫ぶまで10秒、直後に戦士が階段を駆け上がっているため、時間的に戦士は2階に行けない。
窓ガラスを割ったのが犯人以外なら可能だが、状況を考えて誰が割るのか謎になる。
何よりもあの警戒心の強い魔術師を殺せるのか。
魔術師と正面から対峙したなら、彼は大声を上げて犯人の名を叫ぶこともできるだろう。それがないのも謎である。
静寂の中、戦士はかすかな音を聞いた。
ゆっくりと階段を上る音。
床に置いていた槍を持ち、開けたままのドアに向かって戦士は身構えた。
しばらくして。
「戦士くん…」
廊下から僧侶の弱弱しい声が聞こえてきた。ドアから姿は見えない。
「お話聞いてくれる…?そこにいたままでいいから」
戦士は何も言わなかった。
「さっきはひどい態度取ってごめんね。突然のことで私パニックに
なっちゃって…もう落ち着いたから、話を聞いてほしいの」
戦士は黙っていた。
「あのね…私、考えたんだけど、これはきっと魔王の呪いなんじゃ
ないかしら…」
「呪い…か」
「みんな命をかけて戦ってきた仲間よ、殺しあうなんて
考えられないわ」
「俺は初めからみんなのこと信じてたよ」
「じゃあ、そっちに行っていい…?」
戦士は少し考えた。2階は血の臭いが充満している。
「下に行こう。ここにいるとお前またパニックになりそうだしな」
時刻は0時を回っていた。
二人は応接間に隣同士並んで座っていた。
「魔王は…」
僧侶が話し始める。
「やっぱり私たちみたいな人間には勝ちすぎる存在だったのね」
「だから呪いなのか…」
「死ぬ覚悟はできていたわ。だからここで死んでも後悔しない」
「俺たち死ぬのかな…?」
「魔王に殺されるくらいなら、いっそあなたに殺されたほうがいい」
そういって僧侶は床に置いてある槍を持った。刃の部分を自分に向け、柄を戦士に向けた。
「気をしっかり持て、最後まであきらめるな!」
戦士は槍を強引に取り上げた。少し強引すぎたのか、僧侶は「きゃ!」と小さい悲鳴を上げて床に転がった。
「す、すまん。大丈夫か?」
戦士があわてて僧侶に近づいた。
近づこうとした。
しかし戦士は「かほっ?」とうめいて、うつぶせにゴトリと倒れる。
「この…人殺しッ…!」
僧侶の手にあるナイフが戦士の喉を刺し抜いていた。
ひと月後、いつまでも帰らない勇者一向を捜索する一団が結成された。
捜索団は焼け落ちた一軒家から三体の白骨死体を発見した。
遺留品や特徴等から、その白骨は勇者、戦士、僧侶であることが確認された。
魔術師の白骨だけはどこを探しても見付からなかった。
魔術師の消息は現在も不明である。
RPG連続殺人事件 #06(最終回)
2007/11/22
ゆっくりと開くドアに気付いた勇者が声を出さなかったのは、僧侶が口を人差し指で押さえて「シーッ」とつぶやく姿が見えたため。
「お腹すいたって言ってたでしょ、これ食べて」
僧侶が広げたハンカチの中にはクッキーが入っていた。
僧侶は勇者を殺害後、窓をゆっくりと開け薬入りクッキーを外に投げ捨てる。血の付いたナイフを拭いたハンカチも一緒に投げ捨てる。
凶器のナイフは常に肌身離さず持っていた。復讐するために。
魔術師が厄介な存在だというのは分かっていた。
この突発的な流れでうまい具合にパーティをバラけさせる行動に
出た時はこれがチャンスだと思った。
しかし僧侶にとって予想外の出来事が起こる。
殺すつもりの魔術師が自分以外の誰かに殺されたのだ。
自分以外の誰かといっても戦士しかおらず、彼の行動には細心の注意を払う必要が出てきた。僧侶もまさか仲間が誰かを手にかけるとは思ってなかった。
その問題の戦士は拍子抜けするほどスキだらけで、僧侶の命を取ろうという気はない様子。
できれば自分と同じ殺害動機が戦士にもあったのか知りたかったが、大きなスキを見せたので消すことにした。
これで僧侶の復讐は終わった。
だから有り得なかった。
なぜ自分が血を吐いて倒れたのか分からなかった。
「やはりどう考えても、勇者の部屋に音を立てずに入れるのはお前しかいないと思ったんでな」
顔を上げると、そこには勇者の剣を持っている魔術師が立っていた。
剣には僧侶の血がたっぷり付いていた。
証拠を持って犯人を特定するには、犯行に使った凶器が出てくる必要があった。それは犯人も分かっているはずであり、凶器が出てこなければいくら魔術師が理にかなった推理をしようと「仲間を疑うな」で終わってしまう。
だから魔術師は調査を行うことで犯人の行動を誘おうとした。
証拠の凶器が見付からないように犯人が動く、そのわずかな可能性に賭けたのだ。それでも犯人はボロを出さなかった。誰も調査を妨害するような行動を取らなかった。
魔術師は最後の賭けに出た。
それは「自分が死んでみること」だった。
勇者の血を使い、発見を早めるために自ら窓ガラスを割る。
発見が遅れると二人のアリバイが完璧に証明されて死の偽装がバレてしまうと思ったからである。ドアを開けたままにしたのは僧侶の動向を確認するためではなく、勇者の部屋に入るためのカモフラージュの意味があった。
僧侶の部屋にいないことがバレた時は、勇者の部屋で死んだフリをする予定だった。
傷の確認をされたらアウトだが、魔術師は自信があった。
もし二人のうちどちらかが犯人であったら、魔術師を殺したのはもう片方だと考える。死体の状況を確認するほど余裕のある状況ではない。まず自分の身を守ることを優先するはずである。
だから戦士が落ち着いて自分に触ったときはバレるのを覚悟した。
まさかあの状況になっても仲間を信じるとは思わなかったのだ。
「なぜ皆を殺そうとした?」
僧侶は微笑んだ。魔術師の問いに答える義務などない。
殺せなかったことは悔やまれるが、どうせ一人だけ生き残った魔術師は疑われるだろう。
(これでいい、これで私の復讐は終わった…)
静かに息を引き取る僧侶を、魔術師はじっと見ていた。
すぐ横で倒れている戦士の目が開いたままになっていたので閉じさせる。
「できればお前は助けてやりたかった。しかし僧侶が犯人である以上
…お前は最後まで俺を認めなかっただろうな」
魔術師は家に火を放った。
後に有名となる「鬼のプロフェッサー」が彼であることは誰も知らない。
(終わり)
| ページTOPへ |