全校生徒じゃんけん選手権大会
ボクの学校には少しおかしな風習があるんだ。
それは「全校生徒じゃんけん選手権大会」
何かっていうと、単に学校のみんなでじゃんけんして一番強い人を決めるっていう大会。いつからこんなことをやっているのかは先生たちですら誰も知らないらしい。
そして勝者には「伝説の鍵束」が1日だけ貸し出しされる。
この大層な名前のついた鍵束は学校中のあらゆるカギを開けることができるらしい。そんなものを借りたってどうしようもない気がするんだけど、でもそういう風習らしい。
ボクの周りでは「退屈な授業がつぶれるラッキーディ」って感じ。
じゃんけんなんて運以外ないんだし、勝ったところで何の得にもならないんじゃ無理ないよね。
みんなそう思っててほしい。
そうでなくちゃ困る。
何を隠そうボクには伝説の鍵束が必要なんだ。
あの失敗さえなければボクも気楽だったのに。
思い切って書いたラブレターの相手。彼女の靴箱のカギがその日のうちに紛失してしまい、今の今までずっと放置されている。
他に空いてる靴箱はいっぱいあったし彼女は大して気にも留めてない様子で他の靴箱を使っている。先生も知らない。
それじゃヤバイんだ!
学年が上がったらボクのラブレターが大公開されるかもしれないでしょ!いや、開かない靴箱があったら間違いなく先生が開けるはずだ!最悪なことにボクはそのラブレターに自分の名前をバッチリキッチリ書いている。もう人生終わったも同然だ。
だからといって彼女に開かずの靴箱をどうにかしてほしいと催促するわけにもいかない。他人の靴箱に固執するなんて不自然だし、騒ぎが大きくなったところでラブレター大公開なんてされるくらいならまだ下級生にニヤニヤされたほうがマシだ。いやでもどうせボクの学年まで噂が広まってくるんだろうな。どっちにしろ終わりだ。
というわけで、ボクは何としても全校生徒じゃんけん選手権で優勝しなければいけない事態となっている。
たぶんこの大会に一番マジになってるのはボクだ。
絶対に負けるわけにはいかない!
大会まであと1週間。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #02
2008/09/09
「マコト、これ見たか?」
ボクの友達タクヤが掲示板の張り紙を持ってきた。その張り紙の見出しは「じゃんけん必勝法!」と書かれてあった。
放課後のボクはタクヤ、ユカ、リュウジの3人とよくつるんでいる。
タクヤはボクたち4人のリーダー的存在で、ルックスも良しスポーツも得意、明るくて女子にもモテる完璧人間だ。でも全然嫌味がなくて彼と親友でいることをボクは誇りに思っている。
「誰が作ったのかな?これよくできてるよ」
張り紙を真剣に読んでいるのはユカだ。ボクたち4人の中で一番成績がよくてかわいいから男子にもモテる第二の完璧人間。嫌味なくていい奴なのはタクヤと一緒だ。
「待てよリュウジ、どこ行くんだよ」
タクヤに呼び止められたリュウジは嫌そうな顔をして戻ってきた。リュウジは嫌味ったらしくて口が悪いけど、なぜかボクらのグループに溶け込んでる不思議な奴だ。
「この張り紙がなんだよ。書いた奴の犯人探しでもする気か?」
「いや違う」
タクヤはかなり真剣な顔。どうしたんだろう。
「みんなには言っとこうと思ってたんだ。俺、今回マジだから」
は?と皆の目が点になった。なぜかボクは胸騒ぎがした。
「マジって何にだよ?」
「全校生徒じゃんけん選手権大会さ!」
マジになる生徒なんて一人もいない、いたらバカにされるくらいの全校生徒じゃんけん選手権大会に、どうやらタクヤはマジで優勝するつもりらしい。
「わーったわーった。オマエと当たったらワザと負けてやっから。俺最初パー出すから」
バカにしたようにリュウジが笑った。
でもタクヤは怒るどころか嬉しそうな顔だ。
「ありがとうリュウジ!助かるよ!」
「じゃあ私もパー出すね。タクヤ頑張って!」
すぐに空気を読んだユカが後押しする。
「ありがとう!みんなありがとう!」タクヤは本気で嬉しそうだ。
ボクはまだワザと負けるとは言ってないのに。
それにしてもまずい!これは困ったことになったぞ!
優勝したいのはボクも同じだ!いや、この学校で一番優勝に貪欲なのはボクだという自信すらある!親友を取るか自分の人生を取るか、ボクに究極の選択をしろというのか。
「どうして優勝したいの?」
ボクは話題を逸らそうと必死になった。
大した理由じゃなければボクは引かない。いや、大した理由であっても引くつもりは毛頭ないんだけど。
「伝説の鍵束がどうしてもいるんだ」
うはっ!ボクと一緒じゃないか!
まさかタクヤも誰かにラブレターを封印されたままなのかってそんなワケないな。落ち着けボク!とりあえずこの場をしのぐことだけ考えるんだ!
「マコトも協力してくれるかい?」
「うんボクもパー出すよ」
条件反射だった。いつものクセだった。
どうやら大会当日は無二の親友との友情亀裂という、いらない演出がつきそうだ。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #03
2008/09/10
「オマエならクラス全員が協力してくれるんじゃねーか?」
放課後いつもの4人が揃ってリュウジが開口一番そんなことを言った。タクヤはニッコリ笑って答える。
「じつはみんなにはもうOK取ってあるんだ。最初パーを出してくれるって」
さすがタクヤ、手が早い。
いや感心してる場合じゃないや。
ボクのラブレターを永遠の闇に葬るには、このタクヤの幸せそうな笑顔を叩き潰す必要があるんだ。
「でもタクヤらしくないよね。八百長なんて」
気の利くユカにしては珍しい発言。タクヤは少し表情を硬くした。
「うん。それだけ今回はマジなんだ」
「伝説の鍵束よね?どうしてあんなのがいるの?」
「優勝してから話すよ。ダメかい?」
厳しい表情のタクヤ。さすがにユカもバツが悪くなって「ううんごめん、変なこと聞いちゃって」と謝った。
たしかにタクヤは必死だ。まるでボクみたい。彼は彼で大変らしい。
「これでクラス代表になれたとしても他の学年とかクラス代表が残ってるぜ。マジで全校生徒の中から優勝できると思ってんのか?」
リュウジの意見はもっともだ。ボクの学校は1学年10クラスある。1クラスはだいたい40人前後なので全校生徒となると1200人近くにもなる。この中で優勝を決めるのは大変だ。
「案外そうでもないのよ。10回くらい勝てば優勝できるから」
頭のいいユカが即答する。
「クラス選抜で6回、その後のクラス代表での対抗戦が5回くらいだから、もしクラス選抜をスルーできれば実質5回勝つだけで優勝できるわ」
そう。ボクだってバカじゃない。現実的なラインだからこそ本気で優勝を考えているんだ。うまくシードに入れば最低8回勝つだけで優勝できる。
そのための準備も着々と進めてきた。
先日タクヤが見せたじゃんけん必勝法の張り紙の犯人ももちろんボク。スキあらば他の学年の廊下にも張りまくっている。この方法がベストという先入観を皆に持ってもらうだ けで勝率は全然違ってくる。内容はちゃんと心理学的な統計を元にしてあるけれど、皆の意識を一つの方向に向かわせれば心理戦でボクが有利になるってわけ。
でも予期せぬ問題が起きたな。まさかのタクヤ八百長作戦。
ボクら4人だけじゃなくてクラス全員を巻き込むとは。
ん?まてよ?皆がパーを出すってことはボクにとっても同じ条件てことじゃないのかな?もちろん最初にパーを出すのは相手がタクヤの時だけなんだろうけど、そこまで真剣に勝負を考えてない人だったら最初にパーを出す確率はかなり高くならないかな?
これを利用すれば予想以上に勝率がアップするかも。
タクヤや彼を応援するクラスのみんなには悪いけど、当日ボクは情けを捨て鬼になる!誰にも容赦しない!
そしてじゃんけん大会当日を迎えた。
ボクは一睡もできなかった。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #04
2008/09/11
大会は3日間。初日の今日はクラス代表を決める選抜戦だ。
二日目はクラス代表30人が学年をかけて戦う代表戦、最終日は学年代表同士の最終戦になる。
先生はクラスのみんなにプリント用紙を配った。そこには今日の戦いの組み合わせが書かれてある。単純なピラミッド型のトーナメント方式だ。
ボクの初戦の相手はカナコだった。
カナコは少しミーハーな女の子だ。頭脳戦や駆け引きとは無縁の性格をしているのでボクにとってはやりやすい相手かも。深く考えずにパーを出してくれそうで安心した。
ボクが鍵束を必要としていることはあの3人に知られたくない。開かずの靴箱の主がタクヤたちと近い距離の人じゃなかったらタクヤの優勝を全力でサポートして鍵束を借りられたのに。
「じゃ始めるぞ。プリントの上から順番に二人ずつ廊下に出ろ」
すごくやる気のない先生の声。そりゃ先生にとっては意味不明イベントかもしれないけれどね。でもボクにとっては人生がかかっている大一番なんだ。
「勝った生徒は黒板に自分の名前を書くように」
そういって先生は廊下に出た。
すぐにボクの番がきて、カナコとふたり廊下に出た。
廊下に出るのはじゃんけんの手を他人に見せないようにする為で、誰がどんな手で勝ったのか先生にしか分からない。
「よろしくねマコトちゃん」カナコがニッコリと笑った。
第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクはチョキを出した。
カナコもチョキだった。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
どうしてカナコがチョキを?いやボクはタクヤじゃないんだけど、でもそれにしたってチョキだなんてこれじゃまるで……
「あっ、ひょっとしてマコトちゃんも?」
ボクの焦りとは裏腹に無邪気に笑うカナコ。マコトちゃん「も?」って何だよ。
もう何が何だかさっぱりだ。
「直接タクヤくんの役に立ちたいなと思ってたんでしょ。私もなのよ」
なんだよそりゃあ。ミーハーにも程があるでしょ。
「決勝でタクヤくん勝たせたらすごく感謝されそうじゃない。そしたら私ね」
あーあーもうわかったからそういうのいいから。タクヤが人気あるのすっかり忘れてたよ。
「はやくあいこしなさい」
先生が勝負を急かす。やばい、突然のハプニングにボクの頭は真っ白だ。
第二ラウンド。
あいこで、しょでボクはグーを出した。
カナコもグーだった。
やばいぞコイツ手ごわいぞ!何だよ二回もあいこだなんて聞いてないよ!
「あーいこーで」
ちょ、あいこ出すの早すぎでしょ
ちょっと考える時間くらいちょうだいよ!
第三ラウンド。
あいこで、しょでボクはチョキを出した。
カナコはパーだった。
あぶな!ただのミーハーなのに焦らさないでよもう!
まだ初戦でしょうが!
「あ~もう残念!」カナコは悔しがってた。少し気の毒に思ったけど、ボクには負けられない理由があるんだ。こんな所でつまづいてるわけにはいかない。
それから戦いは順調に消化されていって、黒板の名前が20人になって1回戦終了。
タクヤは当然のように残ってたけど、なぜかユカやリュウジも残ってた。あいつらまで何か理由つけて勝ちにきそうで少し怖くなってきた。
「次二回戦な。今度は負けた生徒が黒板に書いてある自分の名前を消すように」
二回戦のボクはあっけなくチョキで勝った。うん、カナコみたいのは特殊なんだよ。
安心して席に座ると、タクヤとリュウジが立ち上がった。どうやら次はあの二人がぶつかるらしい。とりあえずリュウジとユカはやっかいそうなんで、ここでタクヤが消してくれるとありがたい。
そう思ってリュウジと目が合った。
なぜかリュウジは目を逸らした。
その後、タクヤは黒板にある自分の名前を消した。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #05
2008/09/12
クラス全体が騒然となった。
無理もない。みんなで勝たせようとしていたタクヤが負けてしまったんだから。
しかも相手はリュウジ。大会に興味なくて真っ先にタクヤを勝たせると言っていた張本人だ。
いったい何が起こっているんだろう。
タクヤは下を向いて真っ青になっていた。
「どういうことなのよ?」女子数人がリュウジにつっかかる。
「みんなでタクヤくんを勝たせるんでしょ?約束が違うじゃない」
数人がかりで一方的に攻められるリュウジ。ひょっとするとあれが未来のボクの姿だったかもしれないと思うとゾッとした。あんな寄ってたかって攻められたらボクは泣くかもしれない。
「うるせーんだよ。さっさと席につけよ」
リュウジは一喝して女子を追い払った。すごい迫力だった。
三回戦。
タクヤはいなくなったけどボクはチョキで勝った。黒板の名前が5人になる。リュウジは当然のように残ってて、なぜかユカも残っていた。
そして四回戦。ボクの相手はリュウジになった。
戦う前にリュウジが聞いてきた。
「オマエは文句言わないのか?俺はタクヤを裏切ったんだぞ」
「リュウジも友達だから」
深く考えないで返した言葉だったけど、なぜかリュウジは少し驚いていた。
「理由は聞かないのか」
「うん」
ボクがタクヤに協力できない理由があるように、リュウジにもやむをえない理由があるんだろうなと思った。その気持ちは痛いほどよく分かるから理由なんて聞きたくなかった。言えるくらいならボクもリュウジもタクヤを裏切ることなんてしない。
「なんかいつものオマエらしくないな」
「どうして?」
「いや、いつもなら絶対怒ると思ってたから」
リュウジは意外と繊細なのかもしれない。そんな細かいところなんて気にしたことなかったから。
「リュウジが優勝したら鍵束をタクヤに貸してあげられるんでしょ?ならいいじゃない」
ボクはリュウジなら優勝してもいいかなと思い始めていた。
リュウジならボクも素直に鍵を借りられそうな気がした。
ボクがやろうとしていたことをやったリュウジの気持ちは嫌ってほどよく分かるから。
何よりも今のリュウジはすごく頼もしく見えた。4人の中で本当に優勝できるのは彼かもしれないと思えるほどに。
「はやくしなさい」先生が急かす。
勝敗にこだわる必要のなくなったボクはリラックスしていた。
もう出す手は決まっている。
リュウジとの第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクは迷わずパーを出した。
リュウジはグーだった。
黒板の名前は残り4人になる。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #06
2008/09/13
八百長をしかけたタクヤが負け、そのタクヤを裏切ったリュウジも消えるという波乱のじゃんけん大会は準決勝に突入した。
黒板の名前は残り3人。
ここまで生き残る確率は7%弱だけど、不思議とボクは運に恵まれているとは思わなかった。唯一焦ったのは初戦のカナコくらいのものだったから。
リュウジはどうしてグーを出したんだろう。
初手のパーがワザと負ける手だっていうのはリュウジが主張した暗黙の了解なのに。
ボクが勝つ気だと思って裏をかいたのかな。でも勝負が終わったあと「がんばれよ」と言って去っていったリュウジはそんな風に見えなかったけれど。
どっちにせよリュウジに勝ってしまったボクはこの先もう負けられない。タクヤも、たぶんリュウジも伝説の鍵束が必要だろうし、彼らのためにもボクは勝ち続けなければならない。
残る生徒はボク、タケゾウ、ユカ。
ってあれ、ユカがまだ残ってる!
そのユカはこの準決勝がシード権により免除されていた。信じられないけど彼女、どうやら決勝まで残ったらしい。
リュウジが優勝するならいいかなと思ってたけどユカは別だ。タクヤもそうだけどユカには特に知られてはいけない!どっちにしろボクはここから先、絶対に負けられないんだ。
さて、ボクの次の相手はタケゾウ。彼はクラスの学級委員長だ。頭がよくキレる。
廊下に出ると彼はさっそくボクに揺さぶりをかけてきた。
「知ってますか?じゃんけんって運勝負じゃないんですよ」
「タケゾウは最初からタクヤを勝たす気はなかったの?」
ボクも負けじとタケゾウに揺さぶりをかける。でも彼はまったく動揺していない。
「人の精神はグーとパーを出しやすい構造をしているんです」
どうやらボクの質問に答える気はないようだ。
「グーとパーは指全部を動かす命令だけで出せる単純な手。それに対してチョキは指二本だけ選んで信号を出すからグーパーに比べるととっさに出しにくい手なんですよ」
この日のためにじゃんけんの勉強をしてきたボクに何を言っても無駄だよタケゾウ。
「とっさに出す確率が少し低いチョキに負けるパーが一番安全な手ってことでしょ?」ボクはサラリと答えてみせた。
彼は少し考えてから不敵に笑う。
「もう少し詳しく補足すると、僕が勝つため初手にチョキを出す裏をかいてあなたがグーを出す場合も二重にカバーできるパーは圧倒的に初手有利の手なんですよ」
タケゾウお得意の理屈攻撃がきた。
でもこれしきで参るほどボクは弱くない!
「自分の手を先に宣言して、揺さぶりをかけてるだけじゃないの」
「ふむ。どうやら僕はマコトさんを少し見くびっていたようです」
準決勝まできてようやく初めての駆け引き勝負になりそうだ。
勝負はあいこなしの1発勝負で決まった。
タケゾウは黒板にある自分の名前を真っ青な顔で消した。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #07
2008/09/14
タケゾウとの勝負において、ボクは彼の裏を6回かいた。
ボクがパーを出す裏をかいて彼がチョキを出すそのさらに裏をかいたボクのグーをあざ笑うかのように彼がパーを出す手をノストラダムス並に予言したボクがチョキを出すのをほくそ笑んだ彼はグーになりそれを挑発するかのようにパーを出すと見せかけてチョキを出すボクのさらに斜め上をいく彼がグーを出すのを新聞で見た今日の占いで分かっていたボクがパーを出すととっさに閃いた彼がチョキを出すというお告げを聞いたボクがグーを出すところまでシナリオをえがいていた彼がパーを出すことも最初から全部計画通りのボクのチョキに、タケゾウは負けたのだ。
ついにクラス選抜も決勝戦。
廊下に出るとユカが待っていた。
「やっぱりタクヤを勝たせる気なかったのね」
「え?」
ユカの表情が険しくなった。
「マコトは昔からウソがヘタだよね」
「え、いや、どうしたんだよユカ」
何か様子がヘンだ。
「こんなことになったのも全部あなたが原因なのよ」
ちょっと待って欲しい。なんなんだこの流れは。全然ついていけてないぞボク。
「タクヤのことが分からないの?」
そんなこといったって、タクヤが鍵束を何に使うかなんて分かるわけないでしょ。
「待ってよユカ。言ってる意味が全然分かんないよ」
「私、知ってるのよ。あなたがじゃんけん必勝法のポスターをあちこち張ってること」
このユカのセリフは効いた。すごく効いた。
全部バレバレじゃないか!まさかボクの秘密まで知ってるってことないよね?
「何とかいってよマコト」
ユカが怖い。こんな怖いユカ初めてだ。
ボクは泣きそうになった。
「リュウジはあなたとタクヤの仲が悪くなるのが嫌で、ワザと憎まれ役になったのよ」
もうやめてよ。たしかにボクが悪かった。だからもうやめてよ。
「タクヤ、本当はあなたのこと」
そう言いかけてユカは何かをグッと飲み込んだ。
ちょっと待って。その先にある言葉って
「そろそろ始めるぞお前ら」
喧嘩腰のユカを先生がたしなめる。
「先生、すいませんけどあと3分だけ時間ください」
「ケンカもホドホドにな。終わったら呼んでくれ」アッサリと教室に引き下がる先生。
もう誰もボクを助けてはくれない。
「どうしてなのマコト。どうしてそこまで大会にこだわるのよ」
どうやらユカはボクの秘密までは知らないようだった。泣きそうだったけど、お陰で何とか堪えることができた。
「ごめん」でもユカには言えない。言えるはずもないし言ったところでどうにもならない。
「どうして言ってくれないの。私たち仲間でしょう?」
「優勝したら全部話すよ。約束する」
「そうやっていつも逃げる。だから伝説の鍵束が必要になったりするのよ」
ちょ、ちょっと待って。ユカってば秘密知らないんだよね?
3分経って先生が廊下に戻ってきた。タイムリミットだ。
ボクは精神的にボロボロだった。とても戦いに集中できる余力はなかった。
なんかもういろいろどうでもよくなってきた。隠しておきたかったことが全部バレてたなんて、ボクが今までやってきたことって何だったんだろう。
「始めるぞお前ら用意はいいか?んじゃ、じゃーんけーん」
そしてユカは黒板に書かれた自分の名前を消した。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #08
2008/09/15
負ける気満々だったボクはパーを出していた。
タクヤに負けると言ってた手だ。グーを出したユカはボクの手を見て黙って教室へ戻っていった。うつむいていたので表情までは分からなかったけれど、とても声をかけられる雰囲気じゃなかった。
家に帰ってからもユカの言葉が頭から離れない。
タクヤがじゃんけん大会にこだわりだしたのはボクのせいだという。リュウジについては憎まれ役を買って出たんだからボクのせいだっていうのは分かるけど、タクヤは分からない。
鍵束が必要だってことはもうユカにバレた。クラスで一つだけ開かない靴箱とボクの目的が万一結び付けられたとしても、手紙さえ回収すればボクの秘密は永遠に守られる。証拠隠滅の現場さえ見られなければいいんだ。こうなったら鍵束がいる理由を他にでっちあげるしかない!
リュウジにはほとぼりが冷めたら謝ろう。ユカには優勝したら理由を教えるっていったけど生半可な理由じゃウソを見破られそうだ。タクヤには鍵束貸してあげられるけど理由って何だろ。いや、考るのやめよう。とにかく優勝しないと。
そんなこんなで次の日。全校生徒じゃんけん選手権大会クラス対抗戦の時間になった。
生徒会室に2年生代表全10名が集まる。
1回戦、ボクの相手はC組のサエキだった。あ、知らない人。
「タケゾウ落ちたか」
「タケゾウと友達?」
「去年ここで戦ったんだ。俺が勝ったけど」
タケゾウって去年クラス代表に選ばれてたんだ。彼は毎年ノリノリなんだなぁ。
「俺は絶対にグーを出すぜ。いいか、俺はグーを出す!」
いきなりサエキの予告攻撃がきた。やってることはタケゾウと大差ないけど。
「何を隠そう俺は今までずっとグーを出して勝ち続けた男だ。賭けてもいい」
いやもうそういうのいいから。
「もしグー以外出したら?」
「アイスおごってやるよ」
これ、アイスで手を打てって言ってるよね。賭けの対象が現実的なのがイヤらしい。
さてどうする。
たぶんサエキはグーを出さない。チョキだ。それで相手がパーを出すって寸法でしょ。もちろん、その後アイスコース。
まったくもって話にならない。グーを出してこの八百長野郎に引導を渡してやろう。
第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクはグーを出した。
サエキもグーだった。
ちょっとまって!なんでグーなの!
「いったろ。俺はグーしか出さないって」サエキが不敵に笑う。
コイツ本当にグーしか出さないのかな?
やばい全然読めない。こんなの初めてだ。
第二ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクはパーを出した。
サエキはグーだった。
どうやら彼は本当に今までグーだけで勝ってきたようだ。
運良くシードになったボクは戦わず2回戦を勝ち上がる。生徒会室の二年生徒は残り3人。
準決勝、ボクの相手はA組のミユキ。
「まって」ミユキはいきなり待ったをかけた。
「戦う前に勝利のおまじないをさせて」
そういうとミユキは何とも形容しがたい踊りを始めた。
「見えたわ!勝利の手が!」
そうですかよかったですね。
「ハンダーラ、ミッタブッタラ、テケテケンチェ、パロ!」
今度は呪文かよ!しかも微妙にラップ入ってるよ!
でも運に頼ってたらここまで勝ち残る確率って0.7%くらいのはずだよね。ただの偶然で片付けていいものか。
このおまじないはバカにできないかもしれない。いや、だからってどう用心すればいいかなんて分かんないんだけど。
第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクはパーを出した。
ミユキはグーだった。
うん。彼女が勝ち残ったのはただの偶然だったらしい。
勢いにノッたボクは決勝戦を迎える。
最後の相手はF組のヒロキだ。
「気をつけて。あのヒロキって奴、巧妙な後だしをしてくる」
勝負に入る前、ボクは何者かに耳打ちされた。後だしという言葉にボクはビビる。
「すいません、ちょっと作戦タイムいいですか」
「早く終わらせようぜ」
ヒロキが急かす。うるさいぞこのインチキやろう。
ボクにアドバイスしてくれたのはB組のカズコ。どうやら前の勝負で後だしに気づいたらしい。
あぶなかった。このままだと負けてしまうところだった。
「後だししたって言えばやり直しか反則負けにならない?」
「あいつのは巧妙なのよ。第三者はまず気付かないわ」
カズコの情報によると、彼は基本グーしか出さない。んでグーが負けるのはパーなので相手のパーが見えた瞬間、指二本出してチョキにするらしい。
「よく気付いたねそんなの」
「ちょっとグーが多かったからおかしいと思ってたの。でもパーを出した瞬間に負け確定よ」
「それって勝つ方法あるの?」
「こっちも直前で手を変えるしか方法はないわね」
「パーを直前で変えるの?それってバレやすくない?バレたらこっちが反則だし」
「そう。それを知ってての手よ。あいつ汚い」
うーん。理屈じゃ確かに汚いけれど、直前で相手のパーを見切るなんてそうできるものじゃない気がする。慣れなのかな。
とにかくカズコの戦法でイチかバチかやってみるしかない。
じゃんけんは最初にぎりこぶしで始まって手を変化させるから逆に最初からパー始動でにぎりこぶしを作る感じにしよう。これならグー、パー、グーの流れより後出しに見えないはず。
第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクは……
[0.06秒] 互いの手が始動 ボクはパーの状態のまま始動
[0.14秒] ヒロキはグーのまま、ボクはまだパー
[0.27秒] ヒロキはボクの手がパーであることに気付く
[0.29秒] ヒロキはチョキに変化、ボクの手が閉じはじめる
[0.38秒] ヒロキはチョキのまま、ボクはまだ手が半開き
[0.43秒] ボクは「ちょっと遅れたかもヤバイ」とアセる
[0.44秒] ヒロキはチョキのまま、ボクはやっとグーに
[0.45秒] ボクは「だってこんなの慣れてないし!」と開き直り
[0.46秒] そのままヒロキはチョキ、ボクはグーで決着
「インチキだ!コイツ途中で手を変えやがった!」
やっぱりヒロキが文句を言い始めた。
「ふむ」と先生。さてジャッジは。
「先生とくにおかしいと思わなかったな」
こうしてボクは二年生代表となった。結局クラス対抗戦でまともに勝負したのってミユキだけだったような気がする。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #09
2008/09/16
いよいよオーラス、じゃんけん大会決勝。舞台は全校集会だ。
学年ごとの代表3人と 敗者復活で集会の場から選ばれた1人の計4人がステージ上で戦う。2回勝てば晴れて優勝だ!
敗者復活戦は全校生徒が校長先生とじゃんけんして負けたら座るを繰り返し、最後の一人になった人が選ばれる。もしきれいに一人も残らなかったら、なぜか校長先生が最後の一人になる。なんでだろう。それはちょっと違う気がする。
そして校長先生が最後の一人になった。
それ敗者復活違うやん。
1年代表ユウキ…戦績9勝
[勝ち手] チョキ パー チョキ グー パー グー グー パー チョキ
2年代表マコト(ボク)…戦績8勝
[勝ち手] チョキ チョキ チョキ パー チョキ パー パー グー
3年代表ヤスユキ…戦績10勝
[勝ち手] グー グー グー グー グー グー グー グー グー グー
校長先生…戦績10勝
[勝ち手] パー グー チョキ パー グー チョキ パー グー チョキ パー
こうして見るとボクの勝った手ってグー少ないな。
いや、それより3年生のヤスユキって人おかしい。勝ち手全部グーなんてありえないよ。 チョキを出さなければ彼には負けないってことだけど、何となく彼が一番ヤバそうな気がする。
さて、ボクの決勝戦最初の相手はなんと校長先生だった。
なんだろうやっぱりちょっと違うような気がする。
「さぁー負けないぞー!」妙にテンション高い校長先生。
全校生徒が見守るこのステージ上で心理戦をふっかける暇はなさそうだ。
ボクの心臓が高鳴る!土壇場の勝負に飲まれて何だか負けそうな気がしてきて困る!
でも負けるわけにはいかない!
校長先生との第一ラウンド。
じゃん、けん、ぽんでボクはパーを出した。
校長先生はパーだった。
第二ラウンド。
ボクはグーを出した。
校長先生はグーだった。
第三ラウンド。
ボクはチョキ。
校長先生はチョキ。
粘るなこのオヤジ!
しかもこの手の流れは津島流じゃんけん必勝法じゃないか!
(※津島流じゃんけん必勝法とは、パーから始まって以後、前の自分に負ける手を出し続けることである。心理学的に最も勝率が高いといわれている)
第四ラウンド。
ボクはパー。
校長先生はパー。
第五ラウンド。
ボクはグー。
校長先生はグー。
まるで打ち合わせでもしていたかのようにあいこが続く。その異様な光景に体育館は沸きだした。
あいこになるたび「おお~!」というどよめきが起こる。
第六ラウンド。
ボクはチョキ。
校長先生はチョキ。
第七ラウンド。
ボクはパー。
校長先生はパー。
間違いない。校長先生は津島流を知っててそれを使ってる。そうでなければこんなにあいこが続くわけがない。だんだんあいこのペースが速くなってくる。もう裏を考えるヒマも余裕もない。津島流のリズムに乗ったらなかなか崩せないんだ。
第十四ラウンド。
ボクはグー。
校長先生はグー。
第十五ラウンド。
ボクはチョキ。
校長先生はチョキ。
この異常事態に体育館のどよめきは最高潮に達した。そして二十四回目のあいこになったとき、ジャッジをしていた先生がストップをかけ ボクたち二人はじゃんけんを中止した。
「えー、グーチョキパーと順番が固定されてきましたので 一旦仕切り直しましょう」
おお~!というどよめきがおこった。
「何かの必勝法のようですが、次からこの順番は禁止ですよ」
まさか校長先生がこんなに強いとは。
てか子供相手にメチャメチャ本気だよこの人。本気で勝ちにかかってるよ。大人げないよ。
「やるな~でも負けないぞ~!」
腕まくりをしてテンション最高潮の校長先生。アンタ鬼や。
でもこの仕切り直しのお陰で次は心理戦になる!
運勝負じゃない!
津島流のネタが双方に分かり、最初の手パーに対するかけひきが生まれるからだ。
普通に考えると次最も出しやすい手はチョキ。もちろん津島流対策だ。でもその裏をかいて相手がグーというのも可能性として低くはない。だから次の候補はパー。
まるでお酒でも入って悪ノリしたようなこのオヤジがタケゾウみたいに先読みしまくるとは思えない。裏の裏の裏を…とドツボにはまる人の思考が止まるのは2、3手先が一番多い はず。どこで先読みを止めるか賭けるしかない。2か!3か!
運命の仕切り直し。
第二十五ラウンドはあいこなしで勝負がついた。
ボクの青春はここで終わった。
校長先生はチョキ、ボクはパーだった。
全校生徒じゃんけん選手権大会 #10(最終回)
2008/09/17
全校生徒じゃんけん選手権大会が終わってから、ボクは気の抜けたような毎日を過ごしていた。
あの戦いの後、校長先生は「25手先まで読むとはさすがだな!だが26手先まで読んだ私のほうが君より上だったようだ!ハッハッハ!」と言っていた。大人げないなと思った。
結局じゃんけん大会は校長先生が優勝した。ボクが注目していたオール勝ち手グーのヤスユキって人も校長先生には勝てなかった。校長先生は彼との勝負で出す手を途中で右手から 左手にスイッチさせて「二重後出しなど私には通用しない!」とか何とかいってたけど、ヤスユキって人がどんな戦法だったのか全然わからなかった。
ひとついえるのは、全校生徒っていうタイトルなんて何の意味もなかったっていうことだ。なにかが間違ってるような気がした。
あれからリュウジとタクヤにちゃんと謝って、ユカとも仲直りして、いちおう前の学校生活には戻った。何となくタクヤがボクと距離を置いてるような気がするけど 深く考えないようにしてる。優勝したら教えると言っていた例の件は、優勝しなかったのでもちろん秘密のままだ。
靴箱のラブレターどうしよ。それ考えるともう何もかもやる気がおきない。人生ジ・エンド。お先真っ暗。生きる気力ナッシング。
ボクがフラフラと下校準備しているとユカが「ちょっときて」と誘ってきた。
ユカはボクを中庭まで連れてきた。何の用だろう。
「まだ大会の理由聞く気?ボク優勝しなかったんだから教えないよ?」
「あのね」
ちょっと真剣な表情のユカ。なんだろう?
「本当はなくなってなんかいないのよ」
「何の話?」
「突然のことでどうすればいいかわからなくて」
「え?」
「だからとっさになくなったことにしたの」
これは、まさか。
「とにかく時間がほしくて。結論が出れば見つかったことにしようって思ってたの。でも何日経ってもマコトって平然と何事もなかったかのようにしてるから、何か真剣に真面目に考えてる私がバカバカしくなっちゃって」
「まさか」
「開かずの靴箱じゃなかったのよ」
「じゃあボクの大会の動機も」
「これでしょう?」
ユカは1本の小さなカギを差し出した。
開かずの靴箱を開ける小さなカギ。ボクがずっと探し求めていたもの。
「どうして今頃になって」
「タクヤに相談されたの。あなたに親友だって思われているのがツライって」
「親友の何が悪いんだよ」
「あなたも女の子なんだから少しくらいタクヤのアプローチに気づいたらどうなの」
「タクヤが?そんなのウソだ」
「鍵欲しがってるあなたにいいトコ見せようって頑張ってるタクヤ見るのはツラかったんだから」
「そんなのウソだ!」
「手紙はまだ靴箱の中よ。マコトはこの鍵でアレをどうするつもりだったの?」
「そ、それは」
「私をからかってただけだったの?だから回収しようとしたの?」
ユカが真剣な顔をして聞いてきた。
なんだかボクの気持ちを確認しているような気がした。
「えと、とにかくそのカギ貸してよ」
ここでそれに答えたら直接告白してるのと同じじゃないか。面と向かって言えるんだったら手紙なんて回りくどいことしないよ。
でもユカはカギを取ろうするボクの手をひらりとかわして、意地悪く笑った。
「タダであげるとは誰も言ってません。私と勝負して勝ったら貸してあげます」
「勝負?」
「ただ今よりじゃんけん大会の真の決勝戦を行います。このまま手紙を放置されたくなかったら死にもの狂いで私に勝つことね」
ユカは持っていたカギを握り締め、じゃんけんの体勢に入った。
それじゃグーかチョキしか出せないじゃないか。まあこっちがグーを出せば負けないわけだし、サッサと勝負終わらせてカギもらうのが賢いな。
「わかった、やろう。じゃーんけーん」
ぽん!といってユカは持っていたカギが思いっきり吹っ飛ぶほどのパーを出した。
って、あっ!そんなアホな!カギどこいったの!
いや、これ最初からボクにカギを渡すつもりなかったな。
ユカは笑いながら逃げ出した。
どこかへ飛んでいったカギを探すか迷ったけれど、ユカを追いかけたほうが楽しいに決まってるよね。
ボクは小さくなっていくユカの背中目指して走った。(終わり)
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