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農業魔王

その日、新しい魔王が座についた。

「人間を襲うなどいつまで前時代的な行為を繰り返しておるのだ」
「…といいますと?」
「まずは田や畑を荒らすところからであろう。有翼の部下に害虫の卵を多く持たせ、空から散布させよ。殺るのは農民に絞れ」
「なるほど、飢餓ねらいというわけですな」
「そこまで細かく荒らしてもおれぬであろうが。これはあくまで前段階に過ぎぬ。真のねらいは政治への不満を煽ることよ」
「人間同士を争わせるということですな」
「あの狡猾な人間が、自ら滅ぶまで争うなどありえぬ。食料自給率を弱めることで人口増加をにぶらせるのだ」
「人口が減ったところで一斉に襲撃ということですな?」
「いや。まず道路や橋、港を片っ端から破壊し生産力を落とせ。奴らの城など放置でよい。人間の移動手段をなくせ。人間一人殺るより、家畜を1匹殺ったほうが最終的に効率が良くなる。文明レベルを落とさせろ。屈強な兵士を一人殺るより、学校の教師を一人殺るのだ。武器屋を狙うのではなく図書館を狙え。剣や弓など放置しろ、本だけ燃やせ」
「魔王様、勇者が攻めてきました!」
「そんなものをいちいち相手にしてどうする。場所を移すぞ。今後はこのような目立つものなど作らずに、移動の容易な拠点に潜伏するぞ」

「ずいぶん質素な魔王城になってしまいました」
「華美すぎる内装など低次元政治の象徴であろうが。この質素さの中に秘めたる気品の高さが分からぬとは、人間を滅ぼす前に貴様らを教育する所から始めねばならんな」
「すぐに教育スケジュールを組みまする」
「まぁよい。余に従っておけば気品は身につくであろう」
「人間を攻めるのは一体いつごろになるのでしょうか?」
「力を誇示するのは有効な手段であるが、力を振るうのは阿呆のやる事だ。汗水流して人間どもを殺すより、70年代のビンテージもののワインを揺らしながら人間の悲報を聞くほうが良いであろうが。違うか」
「では、最後まで力は使わないと」
「それが理想ではあるが、そう易く事が運ばぬのもまた世の面白さよ。力を誇示するために力を振るうことも避けられぬであろうな」
「どこをお攻めになりまするか」
「あえていうなら富を持たぬ者だな」
「そのような者を攻める価値などありますかな」
「富とは一方を貧困にして生まれるもの。我々が富を持つ者を疲弊させても貧しい者が富を持つだけ。キリがないわ」
「ではどうすれば」
「貧困が無くなればよい。搾取する側ではなく、搾取される側を滅ぼせば自然と搾取する側も疲弊する。何もせずに丸く太った富豪を10人殺すより、100人の食料を作るやせ細った農民を一人殺すほうが重要であろう」
「ワクワクしてきました」
「それではまず害虫の卵の量産から入る。心してかかれ」

同じ日、ある村に一人の少年がいました。
父親に農業のノウハウを叩き込まれた少年は決心しました。
「この畑はオラが守る!」
魔王VS少年の農業戦争が人類の命運を決める!


農業魔王 #02

2010/05/05



「王様!ご報告いたします」
「なにごとじゃ」
「このところ魔物の畑を荒らす被害が拡大しています」
「死者の数は?」
「それが不思議なことに魔物が人を襲わないんです」
「討伐隊を農家に派遣せよ」
「既に討伐隊が向かっておりますが、交戦しない魔物に手こずっております。やつら逃げ回っているのです」
「うぬぅ…セコい魔王め。そこまで堕ちたか」
「失礼します。ある農家の少年に名案があるとのことです」
「少年じゃと?」
「非常に頭の切れる少年です。お会いになりますか」
「うむ、通せ」

「ご機嫌うるわしゅうございます。王様」
「名を名乗るがよい」
「農家の息子のチョビンと申します」
「チョビンよ。今回の魔物の被害に対し名案があるとな?」
「はい。奴らは空から小石や害虫を降らす方法で畑を荒らしています。そこで畑を守るために麻布とガラスの生産を強化していただきたいのです」
「ガラスじゃと?なぜそれが魔物対策になるのじゃ?」
「畑に頑丈な支柱を立てて大きな麻布で覆い、上部に光を通す穴を多く開けてそこにガラスをはめ込むのです」
「何と奇怪な。それで畑仕事ができるのか?」
「生産性は当然落ちますが、魔物の被害は抑えられます」
「魔物に壊されることはないか?」
「壊そうと畑に降りてきた所を交戦いたします」
「なるほど。麻布はオトリというわけじゃな?」
「壊しに降りてこなければなお良しであります」
「よし分かった!すぐに麻布とガラスの生産を強化する」
「ありがとうございます!」


「魔王さま!人間が畑に奇怪な設備を作っておりまする」
「ほう。やはりそうきたか」
「やはり?…ということはすでに予測済みでありましたか」
「無論だ。余も害虫だけで事を済ますつもりは毛頭ない」
「どういたしましょう?設備を壊しますか?」
「放置しろ。その設備のない畑を狙え。絶対に壊すな」
「承知いたしました」


「王様!ご報告いたします」
「魔物の動きはどうじゃ?」
「魔物は麻布カバーのない畑を狙い活動しております」
「カバーの設置状況はどうじゃ?」
「順調です。すでに大部分の農家が導入済みです」
「うむ、しかし油断するな。討伐隊は畑に待機させよ」
「はっ!」


「チョビン、おめぇに話さあるだ」
「父ちゃん?どうしただ?」
「おめぇは畑ん知識は天才的だべ。けんど農業は土さイジれればええっちゅうほど甘いもんやないっぺ」
「どういうこっだべさ?」
「麻布んせいで農作物ん生産量が落ちて相場が大変なことんなっちょる」
「なんやって?」
「とくに小麦がヤバか」
「た、確かに麻布は収穫落ちるけんど、そったらまで深刻になるレベルじゃないはずだっぺさ!」
「魔物が道と橋を壊し始めたんだべ」
「道と橋?」
「収穫物を都市に運ぶんにえらい時間かかるようになっちょる。それと麻布んせいで収穫の減りが重なって小麦の価格が5倍以上も跳ね上がっとるべ」
「5倍も…」
「こんままやと町に食料さ渡らんくなって飢餓が進行すんべ。王様は橋ん修復と討伐隊の配置さしてくださっとるけんど状況は良くなか」
「どげんか…どげんかせんといかん!」


「王様、また民衆が農家を襲う事件が発生しました」
「むう…今週だけで何件じゃ」
「すでに30件を超えています」
「農家に兵を配置させよ」
「兵は橋を守備させておりますが」
「くっ!先物取引に一部介入して小麦の相場を安定させよ」
「すでに行っておりますが、投資家の動きは鈍いままです」
「魔物から守るカバーが予想以上のマイナスイメージを持たせておるのやもしれん。しかしあれを取るわけにもいかん」
「農家の被害が以前の8倍にまで膨れ上がっています」
「魔物が人間を殺していた頃は怒りの矛先が直接魔物に向かっておったが、今の魔物は畑を荒らす獣でしかない。財を失った憤りが政治に向けられておるのだ」
「各地で飢饉が発生しております」
「おのれ魔王め」


「魔王様、人間どもが農家を襲っておりまする」
「計画通り」
「お見事でございます。そろそろ攻めますか」
「今、人間の危機感を煽れば地下に潜伏されて滅ぼすのがやっかいになる。まずは農業を徹底的に叩くのだ」
「人間を殺せず不満を持つ者が出てきておりますが」
「その者どもを集め、隊を編成せよ」
「いよいよ攻めるのですな」
「ただし狙うのは農民だけだ。生産者人口を減らし飢饉を長期化させる。農民以外と交戦した者は罰を与えよ」
「なぜでございまするか」
「いずれ飢饉で数を減らす人間の兵と交戦するのは阿呆のすることであろうが。そもそも農民を殺るのも時期尚早だ。これは余の最大の譲歩だと思え」
「承知いたしました」
「余の目論見では人間が畑に細工をするのは少し時間がかかると思っていたが、この手際の良さ。どうやら人間にも多少知恵の回る者がおるようだな」
「最初に畑を細工した村は確認できておりまする」
「おもしろい。その人間の顔を見たくなってきた」
「殺りますか?」
「隊の指揮は余が執る。参るぞ」
「ワクワクしてきました」

次回、魔王とチョビンが激突!


農業魔王 #03

2010/05/07



「貴様がこの畑の設備の発案者か」
「な、なんだべ!オメェ!?」
「さぞ老成持重の趣きを涵養する人間だろうと思っておったが、まさかこのような少年であるとは拍子抜けした」
「このシャレになんねぇ妖気…おめぇ普通ん魔物じゃねっぺ!」
「魔王様、このガキの始末は私めにお任せを」
「待て。雑草を摘むのは容易であるが、雑草の生える要因を解明させぬことには延々と雑草をむしり続けるだけであろう」
「村ごと皆殺しにすればよいのでは?」
「目に映る草を刈っていても別の土地から雨風に乗ってくる種で雑草は再び生える。貴様のやり方は非効率的すぎるのだ」
「おめぇ何モンだ!」
「つまり雑草の生えぬ土地にするには、雑草の品種を調査しその雑草の生えぬ土壌品質に変えればよいのだ」
「こんな農業ん詳しい魔物はじめてだべ…」
「人間という雑草を根絶させる為この少年の品質を調査する」
「さてはオメェが魔王だな!」
「魔王様、これまで人間を殺さぬよう我慢してきましたが、もう限界でございます。調査というのであれば我がこのガキを肉塊にする様子をご調査くだされ」
「オラ負けねぇだよ!」
「わかった。そこまで言うのであれば好きにしろ」

~ROUND1 チョビンVS魔王の手下~

「俺は今まで数多くの高レベル冒険者を始末してきた。たかが農民ごとき一撃で消し去ってくれるわ!」
「農業を甘く見ると痛い目みるだよ」
「ほう。我が部下の攻撃をクワ一本で受けるとは」
「力だけは自信があるようだが、魔法には勝てまい!」
「こんな火魔法、炎天下の農作業に比べたら屁でもねっぺ!」
「な、なんだこいつは?!」
「土を耕す中で生まれたオラの奥義受けてみるだ!」
「うおお!」
「農耕秘奥義 ・ 風塵鍬投殺!」
「うぎゃー!」
「一撃で我が手下を葬るか。なるほど、この村の農業のレベルは良く分かった」
「今度はおめぇの番だべ、魔王!ぬおおおおおお!」
「よかろう、少しだけ相手になってやる」

~ROUND2 チョビンVS魔王~

「農耕秘奥義 ・ 風塵鍬投殺!」
「同じく農耕秘奥義 ・ 風塵鍬投殺!」
「な?!オラと同じ技で受け止めたっぺ?!」
「その年齢でここまで鍬を使いこなすとは褒めてつかわす」
「オラの鍬技はまだまだこんなモンじゃねえべ!魔王!受けてみるだ!農耕究極奥義 ・ 岩砕鍬撃耕覇斬!!!」
「最先端農耕奥義 ・ 湛液型水耕!」
「な、なんだべ?!この農法は?!うぎゃー!」
「人間にしては申し分ない農業ではあるが、しょせんは研究不足。余のD.F.T(湛液型水耕)と勝負するなど256年早いわ」
「そ、そったらバカなことが。土さ使わないで農業するなんて…」
「調査は終わった。これより帰還する」


「魔王様、お見事でございました」
「うむ。風呂の用意をいたせ。農作業の後の風呂は格別だ」
「大至急、用意いたしまする」
「農家の戦闘力を甘く見た阿呆が見せしめになったお陰で今後より一層、余の指示が部下に通りやすくなるであろう。その上で人間の調査も完遂できて一石二鳥であった」
「初めから人間を襲わせれば良かったのではありませぬか?」
「余の指示で人間に殺されて、誰が余の指示に従うようになるというのだ。まだ農家を直接殺すには時期が早すぎるのだ」
「なるほど。次はどのような戦略をお考えでありますか」
「農作業で鍛えられた農家を肉体的に弱らせる」
「飢饉が続けば弱っていくのでは?」
「最も食料に近い所におるのが農家だ。飢饉ごときでは奴らの肉体など消耗させられぬわ」
「ではどうすれば」
「農家は肉体を使う作業に耐性があるゆえに、頭を使う作業になると大きく体力を消耗するのだ」
「農家に頭脳戦をしかけるというわけですな」
「先ほどの調査で畑の施設を考案した者と接触し、現時点の農家で最も賢い者のレベルを図った。それによって次の戦略がより具体的になったわ」
「どうされるのでしょうか?」
「先物取引だ。奴ら人間の食料物価を完全に掌握し、農家を無力化させる」

次回、魔王のトレードバトル!


農業魔王 #4

2010/05/08



「チョビン、いつまで落ち込んどるべ」
「父ちゃん…オラん農業が魔王に子ども扱いされただ…」
「自信なくしちょる場合やなか!先物取引がどえらいことになっちょる!」
「なんやって?!」
「ええかチョビン、土いじりだけが農業やなか。ワシらん作った農作物ん価値さ守るんも農業や。分かったら顔洗ってこい!」
「ごめん父ちゃん、オラが間違ってただよ」
「小麦ん相場が8倍にまで跳ね上がっちょる。こらもう小麦は主食にならん。はよう小麦畑をとうもろこし畑さ変えんとワシら庶民は飢え死にじゃ!」
「相場が上がるんは小麦が不足しちょるからやろ?じゃったら小麦をぎょうさん生産するべきやと思うけんど」
「何モンかが小麦ん価格操作しちょるんよ」
「どういうことだっぺ?」
「先物取引で小麦ん取引額さ上げちょる馬鹿たんがおる。飢饉で小麦ん収穫量さ落ちとるんも影響して他ん投資家も釣られとるんや」
「じゃったらそれを上回る収穫を出せば…」
「麻布カバーに橋と道ん修復も終わっちょらんから飢饉になっとんやろが。どうやって収穫さ増やすんだべ」
「けんど、小麦作らんかったら余計に相場が高くなるやろ。金んなる農作物やけん他ん農家も作るやろうし」
「金んなるいうて小麦作って襲われた農家さ激増しとるがや。それにワシらが小麦たくさん作っても庶民は手ぇ出せんとやから、小麦さ作れば作るごつ飢饉が拡大すっぺ!」
「どうすりゃええだ…」
「相場が安うて庶民でん買えるとうもろこしん収穫さ増やすしか飢饉を乗り切る手段はなか。主食がとうもろこしんなったらワシらん体力も落ちるけん、はよ小麦ん相場を元に戻さんと飢饉がもっと拡大すっぺ!」
「オラ負けんぞ!見てろ魔王!」


「魔王様、人間が小麦畑をとうもろこし畑に変えておりまする」
「うむ。引き続き小麦の投資を続けろ」
「小麦などに金を使いすぎではございませぬか?」
「人間の財など我ら魔物にとって何の価値もない。これまで人間から押収した富を使い、奴らの経済を混乱させるのだ」
「とうもろこしが主食など、家畜同然でございまするな」
「余の計画通り、財を持たぬ者の疲弊が進んでおるのだ」
「とうもろこしの投資も始めますか」
「いや、とうもろこしでは投資家の動きも鈍いであろう。それより流通における先物取引の割合を現在の40%から70%まで引き上げる」
「どうやって引き上げればよろしいのですか」
「私腹を肥やしておる貴族に賄賂を贈れ。低脳な奴らであるゆえこの取引が自らの首を絞めるなど思わぬであろう。金で動かぬ人間には女を付けろ。どうしても取り込めなくば当人の親子供親戚を罠にはめろ。身内知人全員が善人の者などおるまい。飢饉の中、子供に小麦を食わせたいと思う親心を利用するのだ。賄賂とハニートラップでスキャンダルを作り議会を掌握する」


「王様!これは未だかつてない緊急事態でございます!」
「小麦の価格はまだ戻らぬのか」
「戻らぬどころか先物取引がさらに活発化して流通の70%を占めるまでになっています」
「こうなれば先物取引を全面禁止にするほかあるまい」
「しかし我が国だけ禁止にしては他国と貿易摩擦が起こり密輸入等の貿易犯罪も助長いたします」
「庶民の主食がとうもろこしになるよりはマシであろうが」
「これまで何度も議会で討論されていますが進展ありません」
「反対派は何をしておるのだ」
「先日の議会で反対していたピポロピッチ氏が愛人問題で支持を失ってからというもの、賛成派の勢力が拡大しています」
「なんということだ…嘆かわしい」
「農家の人口が著しく減って小麦高騰が止まりません」
「やむをえん。王であるワシの勅命で先物取引を停止させる」
「他国と干渉してしまいますがよろしいのですか」
「かまわん。この緊急事態にまだ先物取引をする国と付き合っていては我が国が疲弊してしまう」


「魔王様、多数の国が強引に先物取引を禁止しはじめました」
「うむ。まあ上出来だ」
「上出来って、よろしいのですか?」
「もちろん禁止されないほうが良いに越したことはない。…が、強引に禁止するということは内政の混乱をきたす芽となる。飢饉による王政への不信感、議会の決定を無視する勅命の執行は民衆と貴族の反乱を生む土壌となるのだ。王の権力を疲弊させる肥料としては申し分あるまい」
「なるほど。王政を機能させなくするのが目的でございますか」
「ベストではないがベターな結果としておこう。自らの利権に執着せず真に国民のことを思う国王ほど反乱を招きやすいというのは皮肉であるな。やはり人間は程度が低いわ」
「やることがなくてヒマだと申す者が出始めておりまする」
「ふむ。そろそろ我が部下に農業を教えておく頃だな」
「わ、私どもが農作業でございますか?」
「何だ貴様。不服か?」
「いえ、めっそうもございませぬ」
「心配せずとも余のD.F.Tは貴様らの想像している農作業とは次元が違う。そのあまりにも高効率なシステムと大胆なアクションに格物致知の念を禁じ得ぬであろうな。ふはははは」


「王様、先物取引を禁止してから小麦の相場が安定してまいりました。以前の正常相場と比較して3倍強まで回復しています」
「橋と道の修復状況は?」
「ほぼ全ての復旧が終わり、念のため兵を配置しております」
「農家の様子はどうじゃ?」
「農業人口は減ったままですが、小麦の生産再開で主食が少しずつ小麦に戻りつつあります」
「ようやく安定してきたのう。一時はどうなることやと思ったが」
「大変でございます!騎馬兵団のポポチャンヌ将軍が突然武装蜂起をはじめました!」
「なんじゃと?!」
「どうやら前回の勅命で多くの財を失った貴族と複数組んでクーデターを企てているようです!」
「おのれ、すぐに兵を集めて鎮圧するのじゃ!急げ!」


その日、チョビンの国はわずか一日で消えてしまう。
新国王を名乗るポポチャンヌ将軍もわずか11日で打倒された。
これがまるで合図のように各国で暴動と反乱が起き、社会はよりいっそう荒廃していった。

次回、部下の魔物を農業色に染めた魔王がついに人間社会へ本格的な進攻を始める!


農業魔王 #05

2010/05/10



「機は熟した。これより軍を編成し人間社会に進攻する」
「さっそく準備に取り掛かりまする」
「この半年間、よくぞ余のしごきに耐えた。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉でございます。魔王様のお陰で我らは農業の奥深さに感動を覚えました」
「しかし、ようやく人間を襲えるというのに支度が遅いな。血の気の多い我が部下のことだ、我先にと押し合いになるとばかり思っておったが」
「それが人間を襲うより畑仕事のほうが楽しいという者が続出しておるのでございます。農業の偉大さの前では人間の存在など霞んでしまうのでしょう」
「うむ、愛いやつらめ。だが人間を滅ぼすのもいわば農業と同じなのだ」
「と、いわれますと?」
「人間は、世界という名の畑に生える雑草なのだ。農業の基本は害虫や雑草の駆除、つまり世界を育てるのに人間を駆除するのは基本といえよう」
「オオ!すばらしい!すぐ皆に伝えてまいりまする!」
「余の農業教育によって貴様たちは屈強な肉体と強靭な精神を養った。とうもろこしを主食にして体力が落ちきった人間など、もはやレベル99の戦士ですら歯が立つまい」
「すべて魔王様のお陰でございます」
「ここまで来るのに長かったな」
「はい。いよいよでございまするな」
「うむ…」
「魔王様?どうかなさいましたか?」
「いや、ふと父上のことを思い出してな」
「先代魔王、オサレ大魔王様のことでございまするか」
「父上は典型的なダメ魔王であった。思い返せば余はいつも父上と口論が絶えなかったな」


~魔王の回想・今より数十年前~

「父上!魔王城の門が無防備すぎます!もう少し人間の進攻を警戒されてはいかがですか!」
「我が息子ヴィヴェルヴァよ。貴様は何も分かっておらぬ」
「その珍妙な名前で私を呼ぶのもやめてください!」
「何を言うか。世界で最もオサレな言葉『ヴ』を3つも含んでおる史上最高にエレガントな名前ではないか」
「父上は見かけや格好にこだわり過ぎです!」
「見かけや格好こそが全てではないか。人間を滅ぼすのもオサレな行為だからに過ぎん。全ての存在はオサレかそうでないかだけに分けられるのだ」
「だからといって魔王城をスキだらけにする道理はありません」
「入り口がごちゃごちゃしておったら優雅ではなかろう」
「人間は客ではありません!」
「客かそうでないかなど重要ではない。何事もエレガントに事を運べ、そう教えてきたはずだが?」
「父上はエレガントというよりただの馬鹿です!」
「なに?貴様、実の父に向かってなんと下品な言葉を」
「す、すみません」
「あれだけエクセレンツな教育をしてきたのに貴様ときたらまったく優雅さの欠片もない。それに貴様、余に内密で土をいじっておるそうだな」
「そ、それは」
「まさか農業などという史上最強にダサい所業を行っておるわけではあるまいな?うわっダサッ!」
「農業のどこが悪いというのですか!」
「やはりそうであったか。なんと嘆かわしい。我が息子がこれほどイモくて気品のない俗物に成り下がるとはオーマイガッ」
「農業は心身共に鍛えられ社会を豊かにする大切なものだ!」
「黙れこの下衆残飯カス産廃ゴミ鼻くそダサ田舎イモ野郎!」
「ち、父上…」
「貴様を見ていると余までオサレ度が落ちてしまうわ。今後貴様は魔王城の出入りを禁ずる!」
「そんな」
「誰かおらぬか!この土臭い田舎者をつまみ出せ!ダサッ!」
「父上お待ちください!父上!父上~~~~!!!!」


「ヴィヴェルヴァ様!大変でございます!」
「その名で私を呼ぶな!」
「も、申し訳ございません…いや、とにかく大変なのです!」
「何事だ」
「人間どもの勇者がついに魔王城へ攻め込んできました!」
「なんだと」
「皆で勇者の進攻を食い止めておりますが、いかんせん城が無防備すぎて犠牲者が多発しております」
「くっ」
「もうヴィヴェルヴァ様のお力をお借りするしかない状況です」
「しかし私は…私は魔王城を追放された身だ。もう関係ない」
「ヴィヴェルヴァ様!」
「その名で私を呼ぶなと言っている!」
「す、すみません」
「早く私の前から消えろ!」
「あなたのお父上さまの命が危ないのです」
「し、知らん!私はここで農業をしながら静かに暮らすと決めたのだ!」
「ヴィヴェルヴァ様!」
「早く消えないと私がお前を消すぞ」
「私は信じております。きっとあなた様は来てくださると」


(バカな父上だ…だからあれほど守りを強化しろと言ったのに)
(自業自得だ。私には関係ない)
(魔族に農業を広めれば人間などに負けはしないんだ)
(見かけだけに執着するから)
(…)
(くそっ!人間め!)


「父上!どこですか!父上~!!」

「バイキルトせいけんづき!」
パコ――――――――――――ンッ!
「ウボァァァァアアアアアアアア~~~~!!!!」

「父上?!父上――――!!」
「おや?まだ魔王がいたんですか?」
「お前が父上をやったのか」
「あまりに弱い魔王だったから筋トレにもなりませんでしたよ。テリー以下のクズ魔王でしたね」
「…きさま~!!」
「よく見るとキミ、なかなかいい筋肉をしているね。これならボクを十分楽しませてくれそうだ」
「父上の仇!くらえ!農耕究極奥義 ・ 岩砕鍬撃耕覇斬!!」
「バイキルトせいけんづき!」
パコ――――――――――――ンッ!
「クソッ!互角か?!」
「なかなかやりますね」
「こうなればあの技を」
「出し惜しみなしでイキますよ」
「最先端農耕奥義 ・ 湛液型水耕!!」
「バイキルトばくれつけん!!」
…………………………
………………
…………
……





「どうかなさいましたか魔王様?お気分でも優れませぬか」
「いや、何でもない。少し昔のことを思い出していただけだ」
「進軍は日を改めますか?」
「問題ない。すぐに準備を終わらせる」
「ご無理は良くありませぬぞ」
「くどい。それよりも進攻ルートの確認をする」
「最初に進攻するのは以前に調査した村でございますな?」
「うむ。前回は調査の為に生かしておいたが今回は違う。あの少年を生かしておくと後々やっかいなことになる。ゆえに真っ先に殺しておく」
「さすがでございます」
「さあ者どもゆくぞ!戦だ!思う存分暴れるがよい!」
「うおおおおおおおお!!」


次回最終回、いよいよ魔王VSチョビンの人類の命運をかけた最終決戦!はたして勝利の女神はどちらに微笑むのか


農業魔王 #06(最終回)

2010/05/16



「久しぶりだな、いつぞやの少年よ」
「でたな魔王!」
「貴様を殺しにきた」
「修行の成果、見せてやるだよ!うおおおおおお!!」
スバン!
「へへ…魔王ん農業はこんなモンだべか?」
「今のは農業ではない、ただの家庭菜園だ」
「なん…だと…?」 「どうした?まさか今のが人間の農業だったのか?これは失礼した。あまりにチープな農業に家庭菜園かと勘違いした」
「人間をナメんなよ魔王…今こそ修行の成果見せてやるだ!うおおおおおおおお!!混合農業秘奥義・合鴨放鳥波!!」
「最先端農耕奥義 ・ 湛液型水耕!」
ズガン!
「ほう。我がD.F.Tと互角か」
「おめぇにゃ農業だけじゃ勝てねぇ。だからオラは新しく畜産を取り入れて複合農業ん力を手に入れたんだべ」
「収穫量で上回る余に対抗するため畜産と合算したのか」
「家畜の糞が肥料になり、収穫物ん余剰が飼料になる全くムダんない究極ん農法だべ!まいったか魔王!」
「確かに合理的な農法である、褒めてつかわす。しかし貴様は重要なことを忘れておる」 「強がってもムダだべ魔王!まだオラは本気も見せてねぇ!」
「農業を極めた余が混合農業のことを知らぬとでも思ったか」
「なんやって?」
「混合農業は完成された農法であるがゆえに、農家に多大な労働を強いらせるリスクもあるのだ。その技の使用は自らの命を削る行為に等しい」
「気づいていただべか…」
「だから余はあえて混合農業は使わなかったのだ。体力の落ち切った今の貴様がその農法を多用すれば死ぬであろう」
「オラは死んでもええだ!おめぇを倒せればそれでええ!」
「命をかけて守るほど人間の社会に価値はあるのか?」
「オラはただ自分の畑を守りたいだけだべ!」
「貴様の覚悟しかと受け取った。余の究極ともいえる農業にて引導を渡してやろうぞ」
「究極の…農業?」
「完全人工光型植物工場、これこそが余の辿り着いた究極の農業である。安全性・安定性・高速生産・土地効率・労働生産性どれをとっても比類のない完璧なシステムだ。D.F.Tもこの植物工場のひとつに過ぎぬ」
「な、なんて妖気だっぺ…」
「もはや貴様が命を削った混合農業の生産量すらも軽く上回るであろう。さらばだ少年よ」
「オラの体もってくれ!」
「最先端農耕秘奥義 ・ 完全人工光型植物工場!!」
「混合農業究極奥義・改良三圃式輪栽農業!!」
ズガガガン!!


「はぁっ…はぁっ…」
「ほう、混合農業でここまでの力を引き出すことができるのか。しかし肝心の貴様はもう虫の息、その農業ではダメなのだ。いたずらに農家の負担を増大させる農法は次代に続かぬ」
「ダメだべ…こん魔王にゃどうやっても勝てんべ」
「人間にしておくには惜しい少年よ。これで終わりだ」
「チョビ―――――――ン!まだ諦めんにゃ早いっぺ!!」
「と、父ちゃん」
「父ちゃんの林業とおめぇの混合農業さ組み合わせるだ!死ぬときは家族一緒だべ!」
「父ちゃん…」
「チョビン一家にだけいい格好はさせんべ。オイラの漁業も組み合わせるだ、チョビン!」
「近所のおっちゃん…」
「さあチョビン、皆の力を合わせて魔王を倒すだよ!!」
「分かっただ!ありがとうみんな!」
「農業と畜産と林業と漁業の四種混合農業だと…?そのような農法聞いたことがないぞ…もはや農業ではない、滅茶苦茶だ」
「これで最後だ魔王!くらえ!混合農業究極秘奥義・農林畜水産波~!!」
「い、いかん!」
ちゅど~~ん!!


「ハァハァ…や、やっただか…?チョビン」
「…これでダメやったら終わりだべ。もうオラたちにゃ目ん中に浮かぶ透明のウネウネを追っかける力も残ってないだよ…」
「頼む、くたばっててくんろ、魔王」
ゴゴゴゴ…


「見事な農業であった。褒めてつかわす」
「ア、アレを食らって生きているだか」
「余の植物工場を焼却する真・焼畑農業の発動があと0.01秒遅かったら、この首は取れておっただろうな」
「終わりだべ…人間はもう終わりだべ」
「何ちゅう魔王だ」
「魔王、オラたちの負けだべ、さあトドメをさすっぺよ」
「悔いはないか、人間よ」
「ああ、悔いはなか。オラたちはやれることは全部やっただ。いい畑さ作れるモンが繁栄すんのが世の摂理だべ。おめぇの好きにするだ」


「皆の者、帰るぞ」
「魔王様…?」
「人間との戦争はやめだ。魔界へ帰る仕度をせよ」
「いきなりどうなさいました?」
「何度も言わすな。引き上げだ」
「なぜ急に人間の味方をされるのですか。お父上さまのことをお忘になられたわけではございますまい」
「別に人間の味方になったわけではない」
「それではなぜ」
「くどい。農作業というのは一人ではできぬ。世界という畑を耕すのをしばしの間、人間に任せてみようと思ったのだ」
「人間どもに任せて大丈夫なのでございまするか?」
「こやつらの必死な農業に触れてみて、人間の農業の行く末を見てみたくなったのよ。不満のある者は名乗り出よ」
「不満のある者は誰もおりませぬ。我らは魔王様に一生ついていく所存でございます」
「うむ。人間が農業を軽んじた時、余は再びこやつらの前に現れるであろう。その時まで世界は貸しておいてやる」


こうして世界はチョビンの命をかけた農業により救われた。
しかし世の中が農業を軽視した時、再び農業魔王が我々の前に姿を現すかもしれない。(終わり)

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